試してみるか
「涼州ですか?」
曹昂が指差した地に劉巴達は首を傾げていた。
「その地は馬騰が治めている所です。其処が何の問題があるのですか?」
龐統が皆の気持ちを代弁するかのように訊ねてきた。
「涼州という所は、辺境と言っても良いかも知れないが、長安と洛陽からはそれほど遠くはない。我らが南征を行っている最中に、馬騰が兵を挙げたという噂が軍内に広まれば、士気の低下は否めない」
「確かにそうですが、涼州を治めている馬騰は袁紹との戦いの時には大量の馬を提供し、郭援軍が司隷に攻め込んで来た時は援軍を送り、大将の郭援を討ち取る活躍をしたと聞いておりますが?」
此処までするのだから、最早完全に味方と見て良いだろうと思いを込めて趙儼は述べるが、曹昂は首を振った。
「馬を提供したのは鍾繇殿の説得のお陰だ。援軍に来たのも、父上が恩赦を与えてくれた礼という事になっているが、本心はどう思っているのか分からん」
「殿は随分と馬騰殿を警戒しているのですな」
司馬懿がそう言うと、曹昂は隠す事ないのか頷いた。
「援軍に来たのも長男の馬超と部下の龐徳という話だからな。礼ならば自分が率いれば良いだろうに」
「ふむ。馬騰が以前、丞相の暗殺計画に加担していたが、丞相が恩赦を与えた事で許されたと聞いております。その馬騰は実はまだ丞相の御命を狙っていると、殿は思っているのですね?」
法正は今までの話しぶりを聞いて、自分なりに推察して述べた。
「その通りだ。正直に言って、わたしは馬騰を信用できない」
「ならば、こうするのはどうでしょうか?」
「何か案があるのか?」
「はい。狼を以て犬を討つの計にございます」
法正が一つの策を述べた。
どの様な計略なのか知っているが、曹昂は敢えて知らないフリをしながら訊ねた。
「それは、どの様な計略なのか?」
「はい。まずは馬騰に詔で劉表討伐に向かわせるのです。そして、馬騰に劉表を戦わせて、戦力を消耗させます。十分に戦力を消耗させた所に、軍を向けて両軍を攻めれば勝利は間違いありません」
説明を聞き終えると、劉巴が訊ねた。
「その計略であれば、劉表も馬騰も討つ事は出来るかもしれん。だが、劉表討伐の兵を挙げる名分はどうするのだ? それがなければ、詔は出せんぞ」
「そんなもの、適当にすればよいでしょう」
法正は簡単だという顔をしながら言った。
話を聞いた皆は、流石にそれは無いという顔をしていた。
皆の顔を見て法正は面白いのか笑っていた。
「冗談ですよ。それに兵を挙げるには十分な名分はあります」
「ほぅ、それは兵を挙げるのに十分なのものなのか?」
「はい。わたしが聞いた所では、劉表は天子に断りもなく祭祀を行っているとか、貢物を献上していないと聞いております。これだけで十分に討伐の名分になりましょう」
祭祀とは、天の祭祀は国都の南の郊外で冬至に行われ、地の祭祀は北の郊外で夏至に行われた。
天の祭祀を南郊、地の祭祀を北郊といった。
この二つを合わせて郊祀というが、後漢時代になると、南郊は正月に一回行われるのみとなり、北郊は十月に行われるようになっていた。
天子が直接執り行わず、臣下が代理として執り行われた場合は「有司摂事」というが、本来であれば執り行うのは天子であった。
如何に皇族の血を引いていても、許しも無く行えば死罪は免れない程の罪であった。
「ふむ。それは確かに兵を挙げる名分にはなるな」
「はい。更に、丞相と同盟を結んでいた最初の頃は、貢物を送っていたそうですね。洛陽に」
「そう訊いているが?」
その話を聞いた時、それが何の意味があるのか分からなかったが、法正は述べた。
「これは恐らく、劉表は許昌を漢の都だと認めていない証拠です。だから、洛陽に送ったのです」
「そういう考え方もあるか・・・・・・」
曹昂としては、少しこじつけが強い気がしていたが、兵を挙げる名分にはなるかと思った。
「良し。では、劉表に貢物を届けていない事を詰問する使者を送る様にと父上に文を送ろう。劉表は何と返事をすると思う?」
「さて、とぼけるか。あるいは、何かしら理由を述べて送れないと言うかですな。さすれば」
「兵を出す名分は十分か」
名分は出来たので、早速文を出す事にした。