喪に服していると思わせて
韓当の屋敷には親族が集まり喪に服していた。
皆粗末な白い服を纏い泣いていた。
そんな中で韓綜はある者達と会っていた。
「来てもらってすまんな」
「いえ」
「韓将軍には世話になりましたので」
韓綜が話している者達は今回の戦で韓当が率いた軍の部将達であった。
皆、此度の戦で肩身が狭い思いをしていた。
殿として残された筈が、自分達の軍が攻撃されず程普の軍だけ攻撃され、しかも一人の脱落も無く帰還したのだ。
役目を果たしていない部隊の者達という事で周りの者達からは白い目で見られていた。
「お主らに聞きたいのだが、此度の父の死をどう思う?」
その問いかけには部将達は顔を見合わせた後、言うべきかどうか迷っていた。
韓綜は手を振りながら訊ねた。
「思っている事を言うだけで良い。此処にはわたしとお主らしかおらんのだから」
「は、はぁ、そういう事でしたら」
「将軍は失態を犯しましたが、自害する程では無いと思います」
「その通りだ。将軍は三代にわたって仕えた忠臣。それがこの様な最期などおいたわしい」
部将達は韓当の死を心底悲しんでいた。
「その死が殿いや孫権に強要されたものだとしたらどうする?」
「「っ⁉」」
その言葉に耳を疑う部将達。
「父が死ぬ直前、孫権に呼び出されたそうだ。その後、屋敷に戻るなり自害した。どう考えても、自害を強要したとしか思えんだろう」
「そ、それはそうと言えるかもしれませんが」
「少々強引すぎると思うのですが?」
韓綜の話を聞いて、何とも言えない顔をしていた。
強引ではあるが、時期的にそう考えるのも無理なかったからだ。
「だが、父は自害した。どう考えても、孫権に何かしら言われたのは確かだ」
「そうかも知れませんな」
「ですが、そう言ったと誰も聞いておりませんので、決めつけるのは」
「では、何故父上は死んだのだ!」
韓綜が叫ぶと、部将達は押し黙った。
「孫権が何かしら言ったから父上は死んだのだ! そうでなければ、自害する訳がなかろうっ」
「・・・・・・その、先程から孫権と申しておりますが、もしかして」
「察しが良いな。そうだ、わたしは朝廷に寝返る」
朝廷に寝返るという事は曹操に仕える事と同義であった。
「しかし、御父君は最後まで孫家の為に働いたのですぞっ」
「そうですっ。韓綜様もその御意思を継いで孫家の為に働くべきですっ」
「三代にわたって仕えた父を殺されて仕える事など出来る訳がなかろう‼ この手で孫権めの首を刎ねたいと思っているのを我慢して、朝廷に寝返る事にしたのだぞっ」
部将達は考えを翻意してもらおうとしたが、韓綜は聞き入れなかった。
「お主らも此度の戦で立場を失い、当分は冷や飯を喰らう事になろう。それで良いのか?」
「それは・・・」
「そうなるぐらいであれば、わたし共に朝廷に寝返ろう。さすれば、冷や飯を食うという事は無くなるぞ」
韓綜は共に寝返ろうと誘うので、部将達は悩んだ。
その後、韓綜は言葉巧みに部将達を口説き落として味方に引き入れた。
話が纏まると、今度はどうやって朝廷に寝返るのか話し合った。
数日後。
韓綜は親族と韓当の遺体が入っている棺と共にある場所に向かっていた。
その場所に着くと、其処には数千の兵が居た。
兵だけでは無く老若男女問わず多くの者達が居た。
そして、韓綜の前に部将達が来て一礼した。
「手筈通りに上手くいったな」
「はっ。韓将軍が率いていた兵五千とその家族全員参りました」
部将達の報告を訊いて上手く言ったとばかりにほくそ笑んだ。
本来であれば、兵を動かす際には、何かしらの命令書が必要なのだが、部将達は兵達に此度の戦で韓当が率いていた軍の兵とその一族は敗戦の責で処刑すると嘘をついた。
兵達はその嘘を信じてしまい殺されると思い込んだ。
「一族の者達と死にたくなかろう。であれば、此処は逃げ出すしかなかろう」
と囁いた。
その囁きを聞いて、兵達は家族と共に逃亡する事を決めた。
行く宛てが無かったが、朝廷に寝返れば問題ないと言われたので、それに従う事にした。
韓綜はその兵達の前に大声で叫んだ。
「孫権は此度の戦の敗戦の責を我らに取らせると命令書が届いた! 勝敗は兵家の常。勝つ事もあれば負ける事もある。だが、敗戦の責を全て我が父とお前達に取らせる等、あまりにおかしき事!」
韓綜は手を掲げて宣言した。
「その様な命を下す孫権は君主の器に非ず! 我らはこれより朝廷に寝返ろうぞ! そして、いつの日か孫権の首を取ろうぞ!」
「「「「おおおおおおっっっっっっ‼‼‼」」」
韓綜の宣言に誰も異を唱えなかった。
そして、韓綜は牛を用意して、その血を啜り孫権の首を取る事を誓った。
古来よりこの国では何かの儀式を行う時は家畜を生贄にする風習があった。
その中で牛は一番最上の生贄とされていた。
何かを誓う時も同様であった。
やがて、儀式が終わると韓綜達は棺と共に船を使い長江を渡った。