周瑜倒れる
程普軍の追撃をし大打撃を与えた三日後。
韓当軍と張燕・呂範軍の睨み合いが続いてた。
張燕・呂範軍は韓当軍の動きに合わせて進退を繰り返していた。
そんな矢も飛び交わない、刃と刃がぶつかる事がないという戦いに韓当は焦れていた。
もういっその事損害出る事を考慮して撤退するか突撃するか考えていた。
そう思っている所に、張燕・呂範軍の動きがピタリと止まった。
すると、韓当軍から距離を取り始めた。
敵の意図が分からない韓当は追撃を命じる事無く、敵の動きを注視した。
そうしている間も距離を取り続けていたが、距離を十分に取った所で張燕・呂範軍は撤退を始めた。
敵軍が背を向けて逃げ始めるので、韓当は虚をつかれた。
慌てて追撃を命じようとしたが、距離があり過ぎて無理であった。
「しかし、敵はいきなり撤退を始めたが、どうしてだ?」
韓当は今まで睨み合っていた敵軍が撤退する訳が分からないでいた。
考えても意味が無いと思ったか、敵軍が撤退したので自分も撤退する事にした。
「敵は退いたぞ。我らも曲阿に凱旋するぞ!」
韓当が高らかに宣言すると、兵達は歓声をあげた。
そして、韓当軍は曲阿への帰還の途に着いた。
韓当軍が帰還している頃。
嵐により呉郡の東の海岸にまで流された周瑜率いる二万の水軍はその場に留まり情報収集に掛かった。
其処に思わぬ報告が届けられた。
「なにっ、曹軍が救援に来た上に黄射が侵攻してきた為、殿は迎撃するため撤退しただと⁉」
「はっ。程将軍は韓将軍を殿にして撤退したとの事です」
「おのれっ、わたしが嵐に流されていなければ、こんな事にはっ」
報告を訊いた周瑜は歯を噛み砕きそうな程に力を入れて歯ぎしりしていた。
顔を赤くして憤っており、今にも血管が切れそうであった。
其処に魯粛がやって来た
「周瑜殿。徐州に居る密偵から報告が参りました」
「そうか。それで、あの城壁を守っている者は誰なのだ?」
「報告によりますと、徐盛という陳登の部下だそうです」
「そうか。その徐盛が守る城壁にはどの程度の兵が居たのだ? あれだけの城壁を守るのだ。少なく見積もっても数千は居たであろうな」
船の上から見た城壁の大きさから、そのぐらいは居るだろうと思い述べた。
だが、魯粛は何か言い辛い顔をしていた。
「どうした? 早く話さぬか」
周瑜が促すと、魯粛は重々しく口を開いた。
「・・・・・・その、密偵からの報告なのですが」
「うむ」
「報告によりますと、どうやら騎兵歩兵合わせても数百ほどの兵しか居なかったそうです」
「そうか。・・・・・・なにっ⁉」
報告を訊き返事をした後、耳を疑った周瑜。
「馬鹿を申すでない‼ あれだけの長大な城壁を数百の兵で守れる訳が無かろう‼」
「わたしも見たのでそう思う気持ちは分かります。ですが、密偵からの報告を訊けば納得できます」
「納得だと⁉ 真か⁉」
周瑜はその密偵の報告を疑い始めていた。
(さては、城壁を見つける事が出来なかった事の言い訳にするつもりか?)
もしそうであれば、処罰を与えねばならないと思いつつ魯粛の話を聞いた。
「報告によりますと、あの城壁は張子であったようです」
「・・・張子だと?」
耳に入って来た言葉が信じられないという顔をする周瑜。
「はい。木で骨組みして瓦を並べただけの。その程度の兵しか居ないのです。恐らく船着き場にある船も恐らく空船で誰も乗っていなかったでしょうな」
魯粛の話を聞いた周瑜は衝撃を受けていた。
先程まで赤かった顔が、今度は青くなっていた。
「馬鹿な・・・わたしが、このわたしが偽物の城に騙されて、撤退したというのか・・・・・・」
敵の計略にまんまと嵌められたと分かった周瑜の顔が青から赤くなっていった。
「おのれ‼ わたしを虚仮にしおって‼」
周瑜は顔を赤くしながら、魯粛を見た。
「今ならば、波も穏やかであろう‼ これより船でその城壁を攻略に向かうぞ‼」
「周瑜殿っ。もうお止めくだされ! 最早勝敗は決しました。これ以上の争いは我らには不利です!」
「黙れ! 此処まで虚仮にされてむざむざと帰れるものかっ。せめて、その城壁を攻略し徐某とかいう者の首を捕らねば、この怒りは抑えきれんわ‼」
「お気持ちは分かります! ですが、此処は堪えて下されっ」
「なにを・・・・・・ぐふっ!」
激昂していた周瑜の口から血を吐いた。
そして、片手で口元を抑えた。
「ぐ、ぐぐぐ、おのれ・・・・・・」
「ああ、周瑜殿! 誰か、誰か薬師を呼んで参れ‼」
血を吐く周瑜を見て驚いた魯粛は慌てて人を呼びに走った。
少しすると、薬師が来て周瑜の容体を見た。
薬師の見立てでは身体に疲れが溜まり激昂した事で、腹が裂けた為、血を吐いたのだと述べた。
「薬を飲み暫くの間安静にしていれば、病も治るでしょう」
「分かりました」
薬師が部屋を出て行った。
魯粛は寝台で横になる周瑜を様子を見ながら述べた。
「周瑜殿。お聞きの通りです。今は職務から離れて病を癒しましょうぞ」
「うむ。そうする」
周瑜が激昂しない様に言葉を選びながら述べた。
その言葉を聞いて、周瑜もその言葉に従い療養する事になった。
病に罹った為、職務から離れ暫く療養する旨を書いた文が孫権の下に送られた。
同じ頃。曲阿の城内にある大広間では激論が飛びかっていた。
「殿。韓当に処罰を!」
「殿、韓当は職務を懸命に果たしました。罰する事などありません!」
「何を言うか! 貴様も曹操と内通しているのか⁉」
「無礼な! そんな事などせん!」
秦松を中心とした文官達と程普を中心とした武官達が口論をしていた。
家臣の列の間にいる韓当は青い顔をしながら何も言う事が出来なかった。