覚悟を決めるが
孫権が撤退した数日後。
阜陵県攻めを指揮していた程普の下に孫権の使者が来た。
「殿は黄射の撃退に向かったか」
「はっ。撃退した後は態勢を整える為、曲阿に戻るが程将軍は敵の目を引き付けた後、撤退せよとの事です」
「承知した。殿には曲阿で会いましょうと伝えるのだ」
「はっ」
使者が一礼しその場を離れて行くのを見送ると、程普は周りにいる者達を見た。
「皆も聞いたな。これより、殿が曲阿に戻るまで我らは敵を迎え撃つぞっ」
程普の宣言を聞いて、部将達が声をあげる前に一人前に出た。
「いやいや、程公。此処はわたしにお任せを」
そう述べるのは程普と同じく亡き孫堅の頃から孫家に仕える韓当であった。
ちなみに、程普は孫家に最も古くから仕えていた古参の武将であり、最年長であったことから、他の武将から「程公」と呼ばれ尊敬されていた。
「それはどういう意味だ? 韓当」
「これから先、劉表を攻めるにしても曹操と戦う事になったとしても、兵は必要不可欠。ならば、出来るだけ多くの兵を残すのが大事であろう」
「確かにその通りだ。其方はどうするのだ?」
「わたしが五千の兵で殿を務めましょう。程公は残りの二万の兵を率いて撤退するべきだ」
「なっ、それではお主が死ぬ事になるかもしれんぞっ」
偵察に出した兵は数千の兵を見つけたと聞いているが、それは先遣隊だという事は程普には分かっていた。
本隊は数万はいるだろうと予想していた。
数万の兵を相手に五千で立ち向かうなど無謀と言えた。
「お主、死ぬつもりか⁉」
「そんなつもりはない。だが、そうすれば多くの兵を生きて殿の下に帰す事が出来るだろう」
「確かにそうかもしれんが・・・」
韓当の言い分を聞いて程普は悩んだ。
五千の兵を犠牲だけでは無く、長年苦楽を共にした戦友を犠牲にする事に躊躇している様であった。
「程公。わたしと五千の兵の命で孫家の礎になるというのであれば、喜んで捧げます」
「韓当・・・・・・」
「なに、死ぬつもりはないのでご安心を」
韓当はニコリと笑った。
その笑顔を見て程普は何も言えなかった。
そして、韓当に五千の兵を与えて自分達は撤退の準備を始めた。
数刻後。
程普率いる二万の兵は撤退しだした。
進軍する軍の中で程普は跨る馬の手綱を引き足を止めた。
「韓当っ、武運を祈るっ」
「程公もっ」
馬上で大声で叫ぶと、韓当も負けないくらい大きな声をあげた。
そして、程普は足で馬の腹を蹴り駆けさせた。
程普の背が見えなくなるまで留まった韓当。
進軍する軍の最後尾が見えなくなると、韓当は自分が率いる部隊の者達を見た。
「これより、我らは殿達が帰還するまで、この地に留まり敵を引き付ける! 者共、殿と仲間達の為に戦え!」
「「「おおおおおおっっっっっっ‼‼‼」」」
韓当が得物を掲げると、兵達も喊声をあげた。
それから数日後。
付近の偵察をしていた兵から向かって来る軍勢を発見したという報告が齎された。
報告を訊くなり、韓当は迎撃する為、兵達に命じた。
命に従い兵達は直ぐに横陣を敷いた。
布陣が完了した頃に、軍勢が来た。
曹の字の旗の他に張と呂の字の旗が掲げられていた。
韓当の軍が布陣しているのを見て、その軍勢も同じように横陣を敷いた。
両軍はそのまま睨み合いを始めた。
敵が仕掛けて来ないのを見て、韓当は何か待っているのか?と思い、進軍を命じた。
太鼓の音と共に韓当の軍勢が進むと、敵対する曹操軍は後退を始めた。
(何故、後退する⁉)
敵軍が後退する理由が分からないのでどうするべきか悩んだ。
暫し悩んだ後、罠かも知れないと思い進軍を止めて後退する様に指示した。
また、太鼓の音と共に後退するが、今度は曹操軍が進軍しだした。
やがて、韓当の軍が止まると曹操軍も計ったかの様に足を止めた。
(敵は何をしたいのだ?)
韓当は相手が何をしたいのか分からず当惑していた。
結局、その日は一戦も交えず夜を迎えた。
翌日。
韓当の軍と曹操軍は睨み合っていた。
敵の意図が分からないので、韓当はどうするべきか分からなかった。
一向に敵が動かないので、攻撃を命ずるべきか撤退するべきなのか決断できずにいた。
(・・・これはこれで敵を引き付けている事になるのだろうな。程普殿は大丈夫だろう)
韓当は南の方を見た。
敵の軍勢がこの地に居るのだから襲われている事はないだろうと思いながら。
一方。程普はと言うと。
率いている軍勢が、何故か曹昂軍の強襲を受けていた。
「雑魚共がっ、呂奉先の武をあの世の土産話にするが良い!」
「ひいいいっ」
「た、たすけ、げふうっ」
「こ、こんなのに敵う奴なんかいねえよっ」
程普率いる軍の兵達は呂布の剛勇の前に恐怖して戦意が下がって行く。
「呂将軍に後れをとるなっ。我らも続け!」
「陳到叔至、此処にあり。我こそと思う者は、この首を取ってみるが良い!」
呂布の後に続く様に趙雲、陳到も後に続き得物を振るい敵兵を打ち倒していく。
「くっ、退け退け!」
三将の武勇と勢いに圧されて、兵の士気が下がっていく事が分かった程普は撤退を命じていた。
その軍勢に呂布達を先頭に曹昂軍は追撃を行った。