決断の遅さが
周瑜が江都県の攻略に失敗し、嵐に流された頃。
そんな事を知らない孫権は歴陽を攻めていた。
城を攻める為に掛かる梯子に孫権軍の兵が喊声をあげて駆けあがって行き、城を守る陳登軍の兵達はその攻め寄せる孫権軍の侵攻を懸命に防いでいく。両軍の攻防は拮抗していた。
「まだ落ちぬか……」
城攻めをする自軍の兵が梯子に上って行く姿を本陣から見る孫権は落ち着かぬ様子であった。
「城に多くの兵が居る為、陥落にはもう少し時間が掛かると思います」
「はぁ……」
側にいる黄蓋が城を陥落させるには、まだ時間が掛かると言うのを聞いて溜め息を吐いた。
「阜陵県を攻めている程普達からは連絡は?」
「未だに陥落できずという報告しか来ておりません」
敵の目を向ける為に率いて来た軍勢を二手に分けて歴陽は孫権が、阜陵は程普が攻めるという事になった。
二手に分けたとしても城を攻め落とすには十分な兵力を与えたというのに、いまだに二つの城は落ちる気配が無かった。
「・・・それにしても、周瑜からの連絡はまだか?」
事前の策通りであれば、そろそろ江都県の攻略し、広陵県に攻撃を仕掛ける頃であった。
「未だに連絡はありません。昨日は嵐で長江が荒れましたので、こちらに来るのに苦労しているのでは?」
「確かに、そうだな」
と言われても、孫権としてはそろそろ何かしらの連絡が来ても良いのではと思っていた。
その周瑜が嵐により呉郡の海岸にまで流されてしまい、連絡を送る事が困難になっているとは誰も予想できなかった。
物思いにふけっている間も、攻城は続いていた。
そろそろ、夜になるので兵を退く合図を送ろうとした所で、兵が駆け込んで来た。
「申し上げますっ。程将軍より使者が参りました‼」
「程普から? 通せっ」
使者が来たと聞くなり、孫権は使者を通すように命じた。
兵は一礼し離れると、直ぐに使者を連れて戻って来た。
「程普からの知らせと聞いた。何かあったか?」
「はっ。広陵郡を偵察している我が軍の兵が軍勢を確認しました。曹の字の旗を掲げておりましたので、恐らく曹操の軍勢だと思われます!」
「なにっ、もう来たのか!」
曹操の軍勢が来たと聞いて、その場に居た孫権を含めた家臣達は目を丸くしていた。
「鄴から徐州まで船を使ったとしても、もう少し時が掛かると思ったのだがな・・・」
「して、その軍勢の数はどのくらいであった? それとどこら辺に居るのだ?」
「報告では数千で、郡内に入ったばかりとの事です」
使者の報告を訊いて、黄蓋は唸った。
「恐らく、その軍勢は先遣部隊であろうな。であれば、さほど時を置かずに本隊も来ると見るべきか。殿、如何なさいますか?」
「……このまま退けば敵の追撃を受けるかも知れん。一度、程普の軍勢と合流してから決めるとしようか」
「そうですな。それが良いかと」
二手に分けた軍勢を集めれば、敵軍もそう簡単に追撃はしてこないだろうと思い黄蓋も同意した。
そして、急ぎの使者を程普の下に送った。
数日後。
程普の返事が来るのを待っている孫権の下に凶報が入った。
劉表の侵攻を防ぐ為に、建昌県に赴任している太史慈から使者が来た。
「なにっ、黄祖の息子の黄射が数千の水軍を率いて長江を下り侵攻してきただと!」
「既に柴桑県と歴陵県は陥落。彭澤県も攻撃を受けているとの事っ、急ぎ援軍をっ」
本来であれば太史慈が出向き撃退する所なのだが、建昌県がある豫章郡は劉表が治める荊州の長沙郡と接していた。
もし、此処で軍勢を率いれば長沙郡に赴任している劉磐が攻め込んでくる事が考えられた。
劉磐は孫策が警戒する程の人物なので、その可能性は大いにあった。
「くっ、止むを得ん。程普に使者を送れ、わたしは豫章郡に向かうが、お前の軍勢はその場に留まり、敵の目を引き付けよとっ」
孫権の命令は要するに殿になれという事であった。
黄蓋も現状を考えるとそれしか手が無いと分かり、何も言えなかった。
其処から孫権軍は急ぎ陣を引き払い、脱兎の如く撤退を開始した。