間に合えば良いが
鄴に居た使者が急いで陳留に居る曹昂の下に駆け込んで来た。
「成程。孫権が徐州に攻め込んできたのは、陳登が倒れたからか……」
使者の報告を訊き終えると、この急な侵攻の理由が分かり納得していた。
と同時に、魚の膾に中るとはついていないなと思っていた。
「丞相は軍を率いて、徐州の救援に向かえと申しておりました」
「承知した。直ぐに準備を整えて向かうとしよう。貴殿はとりあえず、援軍が来るという事を知らせに戻るのだ」
「はっ」
使者が一礼してその場を離れて行った。
その背を見送ると、その場に居る家臣達を見る。
「出陣の準備は?」
「ほぼ整っております。後は兵糧の積み込みが終われば、張燕が率いる五千が出陣し、その後で我ら本隊二万が出陣します。後詰として呂範殿が五千で出陣いたします」
「総勢三万か。これだけ率いれば十分だろう」
司馬懿から軍の内訳を聞いて頷いていた曹昂。
顧徽が使者に来たと聞いて、密かに兵の準備をさせていた。
何事もなければ良いのだがと思いはしたが、その思いは叶わなかった。
「はい。ですが、殿。陳留の留守は誰にしますか?」
「・・・刑螂で良いだろう」
現在の状況では、何処かの勢力が陳留に攻め込むという事は無いと思い、刑螂を留守役にする事にした。
「大丈夫でしょうか?」
「何処かの勢力に攻め込まれるという事も無いから大丈夫だ。刑螂も古くから仕えているからな、留守役ぐらいは出来るだろう」
益州から荊州経由で帰って来た時に部下になったので、十分に古株と言えた。
なので、裏切って何処かの勢力に寝返るという事は無いと言えた。
「それに、呂布にするというより良いだろう」
「「「それは止めて下さい」」」
その場に居た劉巴、趙儼、司馬懿の三人は反対した。
「冗談だ。さて、出陣の準備を」
「はい。流石に我らが徐州に着く頃には、幾つかの県が奪われているでしょうが。其処は奪い返せば良いですな」
「その通りだ」
今は表立って敵対する者が居ないので、攻め込む事に問題は無かった。
(まぁ、揚州を攻め込むとしたら水軍が必要だから、徐州から追い出すぐらいしか出来ないだろうがな)
そう思いつつ、家族に挨拶する為、曹昂は劉巴達に任せて家族の下に向かった。
二日後。
陳留から曹昂軍が出陣した。
曹昂軍が陳留を出陣した同じ頃。
長江の水面に陽光が当たり反射していた。
水面を掻き分ける様に進んでいく船の一団が居た。
船団には孫という字の他に、周と書かれた字の旗が掲げられていた。
その船団の中で一番大きい船の甲板に周瑜が居た。
周瑜は孫権の命により、水軍を率いて長江を上っていた。
周瑜が率いる水軍は楼船一隻。闘艦二十隻。露橈三十隻。蒙衝五十隻。先登五十隻。走舸百隻。斥候船二十隻に二万の兵が乗り込んでいた。
長江を渡るという事で小舟である赤馬は転覆する事が考えられた為無く、その代わりに走舸船が増えていた。
「我が軍の水軍の前には、陳登はおろか曹操と言えど勝つ事は難しいであろうな」
波を掻き分けて進む自軍を見て、周瑜は誇らしい顔で見ていた。
「周瑜殿。もう少しで最初の攻撃目標である江都県が見えるそうです」
後ろに控えている魯粛がそう伝えると、身体を魯粛の方に向けた。
「そうか。これで、陳登にしてやられた屈辱をようやく返す事が出来るぞっ」
周瑜は拳を握りながら述べると、魯粛も同じ思いの様で頷いていた。
「ええ、その通りです。広陵県を落として、曹操めに我らの力を見せつけてやりましょう」
「その意気だ。まぁ、わたしの手に掛かれば、江都県など赤子の手を捻る様に落としてくれるわ。ははははは」
周瑜は上機嫌で笑い出した。
そして、周瑜率いる水軍は波を掻きわけながら進み続けていくと、陸地が見えた。
江都県も見える筈なのだが見えなかった。
その代わりとばかりに、高い城壁が築かれていた。