そんな報告初めて聞いた
時を遡り、劉馥を揚州刺史にする為に上奏の使者が鄴から許昌に向かっている頃。
その頃には顧徽は揚州に帰還していた。
帰還するなり、孫権に許昌には曹操が居ない事を報告した。
「ご苦労であった。下がって休むが良い」
「はっ」
帰って来た顧徽に労いの声を掛けて下がらせた。
顧徽が一礼しその場を後にした後、孫権は家臣の列に居る周瑜を見た。
「周瑜よ。今の話を聞いてどう思った?」
「これぞ、正に好機と言えます。殿、耐えた甲斐がありましたぞ」
「良し。皆、聞くが良い!」
孫権は声を大にして叫んだ。
「全軍に戦の準備をせよ。狙うは陳登に奪われた歴陽と阜陵を奪い返し、その勢いに乗り広陵郡を我らの物にする‼」
その宣言を聞いて、周瑜を除いた殆どの家臣達は耳を疑った。
「と、殿。徐州は以前攻め込んで敗れたばかりです。如何に曹操が許昌に居ないとはいえ、そう簡単に取れる土地ではありませんっ」
宣言を聞くなり魯粛が攻撃を止めるように提言した。
「確かにその通りだ。だが、あの時は陳登の策に嵌り敗れたのだ。此度は奴の策に嵌らねば良いだけの事だ」
孫権の代わりに周瑜がそう答えた。
「策に嵌らないと言うが、どの様にするつもりで?」
魯粛がそう訊ねると周瑜は自信満々な顔で手を掲げた。
すると、控えていた兵が巻物を持ってきて床に広げた。
巻物は徐州の地形を大まかに書かれた地図であった。
周瑜は傍にいる兵から棒を貰い、その棒で地図を叩く。
「前の様に陸路で進み攻めれば、以前と同じように伏兵に掛かるだろう。其処で陸路を攻めるとは別の方向から攻める。さすれば、敵も二方面からの攻撃により混乱するだろう」
「別方向と言いますが。我らの領地と徐州とは一方向からしか攻める事が出来ませんぞ」
魯粛が揚州と徐州の境を指差しながら言うと、周瑜はニヤニヤしながら棒で手を叩いた。
「ふふふ、魯粛殿は我らが誰が敵であっても負ける事は無い軍を持っているのをお忘れで?」
「なに? その様な軍などあるのか?」
「はい。我らには水軍があるではありませんか」
周瑜がそう述べた後、棒で長江を指した。
「船で長江を上がり、まずは江都県を落し其処から河を上がり広陵県を落す。さすれば、敵も混乱するであろう。その隙に近隣の県を落して我らの支配下に置く。この策であれば、我らの必勝は間違いない!」
周瑜は間違いないと宣言した。
策の内容を聞いて、武官達はこれはいけるのではと思い出した。
文官達も話を聞いて、いけるのではと思い始めた。
そんな中で、兵が駆け込んで来た。
「失礼します!」
「何事かっ、今は大事な評議の時であるぞっ」
「承知しておりますが。急ぎ、魯子敬様にお渡ししたい物がございましてっ」
「わたしに? どんな物だ?」
「はっ。徐州に居る密偵から届いた文にございます」
兵はそう言って魯粛の傍まで来ると、手に持っている文を渡して一礼し出て行った。
魯粛は文を広げて中を改めた。
すると、書かれている内容を読んで目を剥き、思わず文を持っている手に力が入った。
「殿。これは好機にございますっ」
「魯粛。文には何と書かれているのだ?」
「はっ。報告書によりますと・・・」
魯粛の報告を訊いて、その場に居た孫権を含めた家臣達は耳を疑った。
だが、密偵からの報告なので間違いは無いと言えた。
「良し。今こそ、屈辱を晴らす時ぞ。全軍に出撃の命を出せ‼」
孫権の命を聞いて、家臣達は出陣の準備に取り掛かった。
十数日後。
陸路は孫権が五万の兵を率い、水軍は周瑜が率いて二万の兵を率いて進軍した。
孫権軍が進軍を始め、歴陽と阜陵の二つの県に攻撃を始めると、直ぐに曹操の下に使者が放たれた。
使者が曹操に謁見し戦況を報告した。
「ふん。わたしが鄴に居るから、兵を送るのに時間が掛かると思い攻め込んで来たか。孫権め、小癪な事をする」
報告を訊いた曹操は不快そうな顔をしていた。
「まぁ、わたしが兵を送るまで陳登に守らせれば良いだけの事だな。陳登に守りを固める様に言うのだ」
「……そ、それが、その・・・」
曹操の命令を聞いて使者は顔を青くしていた。
「どうした? 陳登に何かあったのか?」
「はっ、実は」
使者は驚くべき報告をしだした。
「なにっ⁉ 魚の膾を食べたら、倒れた⁉」
報告を訊いて驚きの声をあげる曹操。
その場に居た家臣達も耳を疑っていた。
「はっ。どうやら、膾に虫が付いていた様でして、とても軍の指揮を執る事は出来ない状態です・・・」
「ぬぅ、何と間が悪いっ」
あまりに想定外な事に曹操は頭が痛くなっていた。
「はっ。三年前にも一度、同じ様に魚の膾を食べて倒れて華佗という医者の治療を受けて快方したのですが・・・・・・・」
「なにっ、あいつは三年前にも同じ事をしたのかっ⁉」
その頃は、袁紹と官渡の地で天下を掛けて戦っていた時であった。
(こっちが命がけで戦っている時に、あいつは・・・)
陳登の事を買い被り過ぎたかと思い始めていた曹操。
だが、今は孫権の対処の方が先であった。
「・・・・・・兗州に居る息子に使者を送れっ。軍を率いて、徐州の救援に向かえと」
「は、はっ」
「そうすれば、わたしが軍を送るまで耐える事は出来るだろう。行けっ」
「はっ」
曹操の命を受けた使者はその場を後にした。
命を下し終えると、曹操は息を吐いた。
そんな曹操に郭嘉が近づいた。
「丞相。驚くべき事でしたな」
「ああ、急ぎ兵の準備を」
「その前に、劉表に知らせを送り、孫権を攻める様に促せばよいと思います」
「おおっ、それは良いな。上手く行けば、我らが兵を送る前に孫権が撤退するかも知れんな」
名案だと言わんばかりに曹操は手を叩き、直ぐに使者を送った。