名前の由来
文が届いた十数日後。
曹操は軍勢と共に鄴に帰還した。
城内の一室で家族と久しぶりに対面していた。
「父上。御無事のお戻り、何よりにございます」
長子である曹昂が無事に帰還した事に喜びを伝えると、他の兄弟達も頭を下げながら曹操の帰還を喜んでいた。
「ふっ、高幹は有能だったのかもしれないが、わたしの敵では無かっただけの事だ。平定には時間が掛かったがな」
曹操は特に大した事は無いとばかりに胸を張りながら言う。
そして、丁薔を見た。
「旦那様。無事に戻って来て嬉しく思います」
「おお、薔」
挨拶してくる丁薔を見て曹操は嬉しそうな顔をしていた。
「妻よ。遠征から帰って来て、お前の顔を見る事が出来てとても嬉しいぞ」
「そうですか。それで、此度は何人連れて帰って来たのです?」
「? 何の話だ?」
「妾の話です。世間の噂では、旦那様は戦に赴くと妾を見つけて連れて来ると言われておりますから」
「ば、馬鹿者! わたしは国の為に戦に赴いたのだぞっ。それなのに、己の欲望のままに戦に赴くと思っているのかっ」
丁薔の話を聞くなり、曹操は大声をあげた。
「では、秦夫人は何処で見つけて来たのですか?」
「ぐっ・・・」
「さらに言えば、尹夫人は何処で見つけてきたのでしたのかしら?」
「・・・・・・沖よ。字の練習はしておるか?」
丁薔の例えを聞いた曹操は分が悪いと悟ったのか、曹沖に話を振り話題を変えようとした。
それを聞いて、他の者達は内心で逃げたなと思った。
「はぁ、蓮」
「はい。丁姉さん」
曹操が逃げたのを見て、卞蓮に声を掛けた。
「調べた所、誰も妾にしていなそうよ」
「そうなの・・・・・・」
報告を訊いて、皆はそうなんだと思いながら見ていた。
「・・・ええいっ、そんな事よりも、早く宴の席に行くぞ。此度の勝利で河北は手中に入ったのだ。その勝利を祝わねばならんからなっ」
曹操はそう言って逃げる様に、その場を後にした。
その夜。
「むっ、此処は何処だ?」
何も無い暗い空間の中に曹操が一人だけいた。
辺りを見回しても、誰もおらず何も無かった。
何も無いので歩いて、何かないかと探し出した。
暫く歩き続けていると、青銅色の輝く何かがあった。
その輝く物が何なのか分からず、足を向けた。
近付く事で、その輝く物が何なのか分かった。
青銅色に輝いているのは、二羽の雀であった。
青銅色に輝く雀は何かをついばんでいるのが見えた。
その形は麦のような形をしていた。
後で人から聞いて知ったが、その実は竹の実だと分かった。
実が三つになると、雀達は一つずつ口に咥えた。
咥えたまま雀達は翼をはためかせて羽ばたいた。
暫く、羽ばたいた後、雀は姿を変えていく。
鶏のような頭、鶴のような五色の羽、孔雀のような長い尾羽をした華やかで美しい姿へと。
その姿はまるで鳳凰のようであった。
鳳凰が羽ばたき何処かに飛び去って行くと、先程まで雀達が居た所に実が一つだけあった。
曹操は実の近くまでいき、実を掴み口に運ぼうとした。
それを味わおうとした所で、目が覚めた。
「・・・・・・夢か」
目を覚まし、身体を起こして周りを見ると、自分が寝台に居る事が分かった。
宴でしたたかに酔った後、何とか寝室に辿り着き眠った事だけ思い出す事が出来た。
「・・・・・・今の夢は何の意味があるのであろうか?」
自分が見た夢の内容が気になりつつも、何の意味があるのか分からず曹操は眠気が覚めたので起きる事にした。
翌日。
政務をしていると、畑を持っている者が、畑を耕している時に、畑の中から青銅でできた雀が出てきたので献上しに来たという報告が上がった。
報告を訊くなり、あの夢はこの事を意味しているのだと分かった。
政務の最中で、重臣達を広間に集まる様に命を下した。
広間に重臣達が集まると、曹操は。
「先頃、地面から青銅の雀の像が出て来たそうだ。これは慶事である。それを祝い楼台を築くぞ」
突然の事に皆は驚いたが、河北一帯を手に入れた記念に良いかと思い、誰も反対しなかった。
話を聞いた曹昂はおもむろに訊ねた。
「父上。楼台を築くのでしたら、その楼台は何と名付けるのですか?」
「そうよな。・・・・・・青銅色の雀の像が出て来た事から、銅雀台と名付けよう」
その日から、銅雀台の建設が始まった。