準備をしていると
丁薔達が鄴に来てから幾日。
季節は、後もう少しで冬になろうとしていた。
政務を行っている曹昂に文が届いた。
文は曹操が書いたもので、内容は并州を完全に支配下に置いたので、近々帰還すると書かれていた。
文を読み終えると、崔琰に政務の引継ぎを行い、曹操が戻り次第兗州に赴き州牧の仕事をする為の準備を行った。
準備をしつつ、どの県で州治を行うべきか意見を聞こうと、劉巴、趙儼、司馬懿を呼んだ。
城内の一室に集められると、兗州のどの県で州治を行うべきかと訊ねた。
三人共口を揃えて述べた。
「「「陳留が良いと思います」」」
「ほぅ、何故だ?」
「陳留は交通の要衝ですし、殿が賜った領地ですから」
司馬懿がそう言うと劉巴達も同意とばかりに頷いた。
三人の意見を聞いて州治は陳留で行う事を決めた。
移動の準備をしつつ、曹昂はある者達と対面していた。
曹昂と対面しているのは以前訪ねて来た天師教の者であった。
その後ろには数人の者達が控えていた。
「曹兗州牧。以前から申し上げていた者達を連れて参りました」
「おお、それは良かった」
使者の言葉を聞きながら、後ろに控えている者達を数えてみたが、全部で四人しか居なかった。
「・・・・・・事前に聞いていた人数に比べると少ないが、心変わりでもしたか?」
人数が少ない事に訊ねると、使者の後ろに控えている者の一人が口を開いた。
「それにつきましては、わたしが説明いたします」
その声を聞いて、その場に居た者達は声がした方に目を向けた。
狐を思わせる切れ長で吊り上がった目を持ち、細い痩せた顔立ちで品がある口髭と顎髭を生やしていた。
一目見て、狐みたいな男だなと思いつつ訊ねた。
「貴殿、名は?」
「お初にお目に掛かります。わたしは法正。字を孝直と申します」
自己紹介するを見つつ、この者がそうかと思いつつ見ていた。
「この度は、わたし共を麾下に加えてくれるというお誘いをして頂き感謝申し上げます」
法正が頭を下げて礼を述べた。そして、顔を上げると曹昂をジッと見た。
「しかし、士は己を知る者のために死すという言葉もあります。貴殿はそれだけの器量がお有りで?」
その問いかけを聞いて、その場に居た孫礼を含めた他の家臣達は顔を顰めた。
使者も顔色を変えていた。
周りの空気が変わったのだが、法正は構わず言葉を続けた。
「わたし共としては、其処が気になりました。ですので、全員連れて来ませんでした」
「成程。では、聞こう。わたしは何をすれば、貴殿らの主と認められるのだ?」
「此度を含めて、我らは貴殿の下に三度訪ねます。その時の歓迎ぶりと連れて来た者達を身に合った官職を与えて下され」
法正の言葉を聞いて、孫礼達はいきり立っていた。
(・・・要するに、三回使者が来るから、歓待して連れて来た者達に官職を与えろという事か。しかし、三回くる必要があるのだろうか?)
其処だけが分からなかったが、曹昂としては特に問題なかった。
「では、急ぎ宴の準備をしよう。それと共に来た者達の名を教えて貰えるだろうか。名を知らねば、官職を与える事も出来ぬからな」
顔色も変えずにそう言うので、周りの者達はおろか言った法正ですら目を剥いていた。
法正の反応を見て、何で言った貴方が驚くの?と思い首を傾げていると、劉巴が話しかけて来た。
「殿。宜しいので?」
「何がだ?」
「あの法正の振る舞いは無礼と言えます。殿がわざわざ声を掛けて来たと思えば、三回も歓待しろとは厚顔すぎます」
「そうか? 其処まで言う程ではないと思うが」
「・・・殿は人が良すぎます」
とても呆れた声を出す劉巴。
その反応を見て、曹昂は何故?と首を傾げていた。
「それに、歓待している内に調子に乗って、袖の下を要求しますよ。『良い人材を連れて来たのだから、それなりの財をくれるのが道理では?』とか言って」
「だが、それだけ言うのであれば何か考えがあるのだろう」
「そうでしょうか?」
「三回歓待して大した事をしなかったら、その時は笑ってやろう」
「殿がそう言うのでしたら」
劉巴は何か言いたげな顔をしていたが、納得させたようだ。
「待たせたな。紹介してもらおうか」
「はい。右から、張裔君嗣。鄭度。彭羕永言にございます」
「そうか。明日にでも其方達に官職を与えよう。無論、法正にもだ」
「「「はっ。有り難き幸せ」」」
紹介された三人は頭を垂れた。
「お聞き届け下さり感謝いたします。次回はわたしの友人の孟達が参ります。三回目にはもう一人の友人の張松が参ります。もし、仕える事に問題ないと分かれば、張松が麒麟を持って参ります」
「「「麒麟?」」」
法正の言葉を聞いて、皆麒麟を思い浮かべた。
皆心の中で、どうやって捕まえるのだろうと思っていた中、曹昂だけは違っていた。
(それは慶事という事か? それとも、本当に捕まえて来るとか?)
足の速い馬の『騏驎』なのだろうか。それとも本当のキリンなのだろうかと思いつつも宴を開き、法正達を歓待した。