一度失敗したが、二度は無い
後日。龐統を治中従事の職を与え、龐林達にも官職を与えてから数日が経った。
曹昂は部屋で茶を飲んでいた。
「・・・・・・ふぅ」
茶を飲み干すと、息を吐き外を眺めていた。
(なんか、久しぶりに落ち着く事が出来たな・・・)
今日の分の政務は終えたので、暇なのか一人で茶を飲んでいた。
何も考えずただ茶を飲みながら外の景色を眺めている。
それがとても贅沢な事なのだと、最近知った。
今はその贅沢を楽しもうと茶を啜る曹昂。
其処に護衛を務めている孫礼が部屋に入って来た。
「失礼します。客人がお会いしたいとの事です」
「客? 名は名乗っていたか?」
茶を飲みながら、今日は誰も来訪するという話は聞いていないのだがと思いながら曹昂は名を訊ねた。
「司馬朗と名乗っておりました」
「司馬朗? 何用だろうか? まぁ良い。通せ」
兗州刺史になった司馬朗が来たと聞いて、不思議に思いながら部屋に通すように命じた。
孫礼が一礼し部屋を出て直ぐに司馬朗を連れて来た。
司馬朗の後ろには二人の供が居た。
「前触れもなく来た無礼をお許しを」
「いやいや、お気になさらずに。それよりも」
曹昂は司馬朗の後ろに控えている二人を見た。
驚いた事に一人は司馬懿であった。
何故此処に居るのか不思議に思いつつ、隣を見ると其処に居たのは司馬朗のもう一人の弟の司馬孚であった。
「・・・ええっと、そちらの方は?」
「弟の司馬孚にございます」
「お久しぶりにございます。司馬孚。字を叔達と申します」
頭を下げて挨拶をする司馬孚を見た後、司馬朗に目を向けた。
「司馬刺史。何故、司馬懿を此処に連れて来たのだ?」
今の司馬懿は曹昂の食客で屋敷に居る筈なので、どうしてこの場に居るのか分からず訊ねた。
「はっ。子脩様も兗州州牧になり人材が必要だと思います。父に文を送った所、叔達を子脩様に仕えさせても良いと許可を得たので連れて参りました。ついでに、司馬懿も何かの役に立つだろうと思い連れて参りました」
「成程。しかし、良く来たな」
屋敷の使用人の話ではあまり部屋に出ず書物を読み続けていると聞いていた。
司馬朗が此処に連れて来るまで、朝廷に仕えたいと言わなかったので、此処まで連れて来た事に驚いていた。
「はっはは、わたしは長兄ですから。仲達と言えど連れて来る事は造作もありません」
司馬朗は笑いながらそう言うのを聞いて、司馬懿は苦虫を噛んだ顔をしており司馬孚は苦笑いしていた。
二人の顔を見て、どんな方法で連れて来たんだ? と気になりはしたが、何となくだが彼らの父親である司馬防が関わっているのではと思い訊ねる事はしなかった。
「話は分かったが、つまり司馬懿と司馬孚を仕えさせたいという事で良いのか?」
「はい。如何でしょうか?」
司馬朗がそう勧めてくるので、曹昂は直ぐに答えず考えた。
(弟の司馬孚は良いんだ。温厚寛達で誠実な性格であり、人を恨んだことがないとまで言われているから。問題は司馬懿か・・・)
このまま仕えさせて権力を得たら、史実の通り晋王朝の土台を作るのではと思い二の足を踏んでいた。
(じゃあ、そうしないように近くで仕えさせれば良いと思うけど、孫策の時はそれで失敗したからな)
嘗て孫策を配下にしていた事があった。
あの時は厚遇したのだが、それでも孫策は独立を果たした。
その件があったので、曹昂は司馬懿を重用しても、史実通りに動くのでは?と思っていた。
なので、暫し考えていた。
(・・・・・・友は近くに置け。敵はもっと近くに置けという言葉もあるからな。置いてみるか)
そう決めるなり頷き、司馬朗を見た。
「司馬刺史。流石に弟二人も私の下に仕えさせれば、父が妬むかも知れん。なので、司馬懿だけ仕えてもらおう。司馬孚殿の方は父と相談して頂きたい」
「子脩様がそうおっしゃるのであれば」
司馬朗は頭を下げた後、後ろにいる司馬懿を見た。
「聞いたな。仲達」
「はい。兄上」
「職務は忠実に行うのだぞ。もし、怠って父上の耳に入りでもしたら、わたしでも庇いきれんからな」
「はい。肝に命じますっ」
青い顔をしながら返事をする司馬懿。
それを見て、これは司馬防に何か言われたなと察した曹昂。
(あの父親だからな、何時までも食客などしていないで仕官しろ。さもなければ、棒叩き千回するぞとか言いそうだな)
会った事があるので、司馬防がどんな性格なのか知っていた。
だからか、何となくだが分かったのであった。
その後、司馬懿は正式に曹昂に仕える事となった。
呂布と司馬懿。
後の世に曹下に双狼ありと言われるのであった。