海老で鯛が釣れた気分だ
文を送った数十日後。
鄴に居る曹昂の下に虞翻達が訪ねて来た。
その報告を訊くなり、政務を中断して会う事にした曹昂。
大広間にて対面すると、虞翻と後ろに三人の男達が控えていた。
上座に座る曹昂は虞翻達を見た。
「貴殿が虞仲翔殿か?」
「はい。この度はわたしの様な微才しか持たぬ者をお呼びとの事で参りました」
虞翻がそう言うのを聞いて、ほくそ笑んだ。
「微才とは。面白い事を言う。孔融殿はお主の才能を高く評価していたが?」
「孔融殿はわたしを買い被っているのです」
その返事を聞いて、笑い出す曹昂。
「いやいや、名高い儒学者であられる孔融殿が賞賛している事から、貴殿の才は素晴らしいと言えると思うぞ」
「有り難きお言葉にございます」
虞翻は深く頭を下げて礼を述べた。
「して、貴殿の後ろに控えているのは、何者だろうか?」
「失礼を。紹介が遅れました。右から丁覧孝連。徐陵元大。沈友子正と申します」
虞翻が肩越しで後ろに居る者達を見ながら紹介した。
「わたし一人だけでは、大した役には立てないと思い知人達に声を掛けて共に参りました」
「それは有難い。人材はどれだけいても問題ないからな。どうか、その才を使ってわたしを支えてくれ」
「「「はっ」」」
三人の返事を聞いて曹昂は満足そうに頷いていた。
(虞翻は良いんだけど、沈友ってあまり知らないんだよな。華歆がその才能を賞賛したという事ぐらいなんだよな。残りの二人は丁覧と徐陵は優秀な文官って話だからな。文官も揃って来たな。これで政務も少しは楽になるな)
そう思った曹昂は虞翻達が自分の下を来た祝いとして宴を行うと述べた。
虞翻達は大変喜んでいた。
その数日後。
虞翻達もようやく家中になじみ職務に専念しだした頃。
曹昂に新しい客人が訪ねて来た。
「ふ~ん。鮑信殿が寄越した文で鄧義が来てくれたのか」
政務を終えた曹昂は茶を飲みながら報告を訊いていた。
「はっ。鄧義の他にも四人ほど供がおります」
「それは有難いな。誰を連れて来ただろうか」
文官が充実して来たなと思いながら茶を啜る曹昂に兵は告げた。
「名を聞きました所、龐統と龐林と習禎と王粲と申すそうです」
「ぶふううううっっっ」
名を聞くなり、茶を噴き出していた。
驚きつつ咳き込む始めた。
「げほ、げほげほ・・・へんなとこにはいった、ぶほ、げほげほ・・・・・・」
いきなり咳き込む曹昂に兵は何が起こったのか分からず混乱していた。
暫く咳き込んでいたが、やがて治まっていく。
「・・・・・・直ぐに宴の準備をっ。後、鄧義達を大広間に通せっ。失礼が無い様に丁重になっ」
「は、はっ」
曹昂の命を聞いて、兵は慌てて返事をして駆け出した。
少しすると、大広間にある上座に座る曹昂は鄧義達と対面していた
跪き頭を下げる鄧義達に曹昂は笑みを浮かべつつ声を掛けた。
「遠路はるばるようこられた。よくぞ、わたしの申し出を聞き入れて下された」
「わたしの様な無官の者にその様な温かいお言葉を掛けて頂き嬉しく思います」
「いえいえ、遠い荊州から父の恩恵で兗州州牧になったわたしの下に来てくれたのです。感謝を申し上げるのは、こちらの方にございます」
笑顔で礼を述べる曹昂。
(後ろにいる者達を紹介してくれと問うべきかな? いや、此処は向こうが紹介してくれるのを待った方が良いかな。急かして、気を損ねても困るからな)
内心ではソワソワしていたが、表情には全く出ていなかった。
暫し雑談に興じた後、鄧義はようやく後ろに控えている者達の紹介を始めた。
「右から、龐統士元。その弟の龐林。習禎文祥。最後に王粲仲宣と申す者達です」
「王粲か。そう言えば、義父の蔡邕からお主の話をした事があったな」
曹昂は改めて王粲の容姿を見た。
身体も小さく、顔も造作が整ってはおらずありていに言えば貧相な顔をしていた。
口髭もちょびっと生えているだけであった。
(この時代の美的感覚だと、これが醜い容姿になるんだよな。別段、気にする程でもないな)
従兄の丁儀が斜視なので、容姿で人となりを判断しなかった。
「おお、それは嬉しい限りです。あの方には大変目を掛けられ、いずれは恩義を返そうと思っていたのです。ですが、この戦乱の時代で連絡を取る事も出来ず困っておりました」
「それは良い。いずれ、会う事が出来るだろう」
「はい」
王粲が喜んでいる姿を見て、こちらは大丈夫だと思いながら、龐統を見るのであった。
二十代前半で無精髭を生やしておりもっさりとしていた。
ごつい顔をしており鼻はひしげていたが、目が鋭く、鳳凰の目の様であった。
「貴殿が鳳雛と言われる龐統か?」
「世間ではそう呼ばれておりますな」
曹昂の問いかけに他人事の様に述べた龐統。
その返事を聞いて、曹昂は顎を撫でた。
(そうだ。あの話を再現してみるか)
史実で周瑜の葬儀の後、魯粛の紹介で龐統は孫権と面談した際の質問したが、龐統の答えと風采を見て孫権は怒って追い出させたという話があった。
それを再現してみようと思い、口を開いた。
「貴殿は何の芸がある?」
「飯を食い、やがて死ぬでしょう」
「まぁ、生き物であれば誰でも持つ芸ではあるな」
龐統の答えを聞いて、曹昂は思った事を述べた。
それを聞いて龐統はきょとんとした後、面白そうな物を見た目をした。
「どの様な才がある?」
「ただ機に臨んで変に応ずるのみ」
「成程。つまり、どの様な場合であっても、その場に適した対応を取る事が出来るという事になるが。そうなのか?」
「・・・その通りです」
龐統は少し驚きつつも答えた。
「では、最後に貴殿と荀彧と比べたら?」
此処で周瑜では無く荀彧にしたのは、曹昂としては周瑜よりも荀彧の方が比較が分かりやすいからだ。
加えて、龐統も会った事があるのか分からなかったからだ。
「珠と瓦でしょうな」
ぶっきらぼうに告げる龐統。
その答えを聞いて、場が静まり返った。
「どちらが珠で、どちらが瓦か?」
「ご判断は任せます」
「・・・・・・はっははははは」
曹昂が大笑いしだした。
「荀彧を瓦とか面白い事を言うなっ。禰衡は見てくれが良いと言っていたのに。それを瓦とか、はははは」
腹を抱えて笑う曹昂に皆言葉を失っていた。
暫く笑っていたが、真顔になった。
「それだけ大きな事を言えるとは。余程の大器なのか。それとも自分を大きく見せているだけなのか?」
「ご想像にお任せします」
「其処まで自信があるのであれば、何かの職に就けてみる事にしよう」
曹昂はそう言い、何の職が良いかなと思っていると兵が入って来た。
「失礼します。宴の準備が整いました」
「おお、そうか。では、皆様方。此処に来てくれた祝いに一席設けたので楽しんでくれれば幸いだ」
「有り難く」
曹昂が上座から立ち上がろうとした所で、王粲が声を掛けた。
「不躾で申し訳ありません。一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「何か?」
「わたしも其処に居る龐統も身なりは良くありませんが、それでも仕官させて頂けるのですか?」
「そんなの些末な事でしょう」
王粲の問いかけに曹昂は大した事ではないだろうと思い答えた。
「わたしの従兄は斜視だが、優れた文才を持っている。身なりが良くないからと言って才能が無いとは限らないでしょう。それに宦官の曾孫と言われるよりも、よっぽど良いと思うが?」
「は、はぁ」
答え辛いなと思いつつ返事をする王粲。
「父上も才あれば用いると言っているのです。わたしはそれに従っているだけの事だ」
そう言った後上座から立ち上がり部屋を出て行った。
そして、曹昂は鄧義達とも宴を行った。