広がる波紋
荊州南郡襄陽県。
県内にある大きな屋敷。
屋敷の中にある一室で三人の男性が卓を囲んでいた。
「如何であろう? わたしの話に乗ってみないか?」
男の一人が二人にそう述べた。
三十代後半でピンと整った口髭を生やし彫りの深い目の大きい痩せ型の顔をしていた。
この男の名は鄧義と言い、荊州では名家である鄧家の者であった。
「ふ~む」
鄧義の問いかけに男の一人が考えていた。
こちらの男性も三十代後半で髷を結んでおらず後ろに流していた。
ふっくらとした顔立ちで顔立ちと同じ位に身体もふくよかであった。
この者は龐徳公と言い、南郡襄陽県の名士であり、人物鑑定の大家として知られていた。
「う~む。どうしたものか・・・・・・」
もう一人の男も悩んでいる様であった。
二十代前半で無精髭を生やしてもっさりとしていた。
ごつい顔をしているが、目は鳳凰の様に鋭かった。
「わたしは悪い話では無いと思うぞ。鮑信が文を送るぐらいなのだから」
「お主に其処まで言わせるとはな・・・」
鄧義が安心する様に言うのを聞いて、龐徳公は少し考えた後、男を見た。
「士元よ。一度訪ねて見たらどうだ?」
「しかし」
「我が家とも親しくしている鄧義がこうして訪ねて来て誘って来たのだ。断るのも悪かろう」
龐徳公にそう言われて男は黙るしかなかった。
この男の名は龐統。字を士元と言い、劉表に仕えており今は功曹の職に就いていた。
功曹は人事を担当し、官吏の採用や能力の査定などを行う職であった。
龐統が職に就く前に鄧義は職を辞していた為、一緒に仕事をする事は無かったが、互いの家が名家という事で何度も顔を合わせた事があった。
「しかし、今の職を辞めてまで、その曹昂の下に行く価値があるのでしょうか?」
龐統は懸念を述べた。
鄧義が屋敷に訪ねて来るなり、知人の鮑信から自分が仕える曹操の息子の曹昂が兗州州牧の職に就く事になった為、広く人材を集めている。
鄧義はその求めに応じて鄴に向かうが、その途中で知人の龐徳公の下に来て話をしたのだ。
「それは、わたしも分かりません。会って見なければ」
「その通りだ。それに仕えるに値しないのであれば、帰って来るが良い。わたしの口利きで元の職に就ける様にしてやろう」
龐徳公も荊州では強い影響力を持っており、それぐらいは造作も無いと言えた。
「伯父上が其処まで言うのでしたら」
龐統も鄧義が此処まで勧めるので、興味が湧いたのか一度顔を見に行く事に決めた。
「ああ、お主の弟も連れて行くと良い。ついでに、義弟のあやつも」
「龐林と習禎の二人もですか。一応声を掛けますが、断られた場合は置いて行きますので」
「構わん。それで、鄧義よ。他には誰に声を掛けたのだ?」
「お主達の他には王粲に声を掛けておる」
「あの者か。しかし、あの者の従兄弟は劉表の娘を娶っていたな。であれば、何の問題もないであろう」
「どうも劉表はあの者を嫌っている様なのだ。容姿が良くない為、従兄弟に嫁がせたという話を聞いた事があるからな。その為か、王粲の奴は劉表から離れたい様なのでな、声を掛けたら応じてくれたぞ」
「ふん。大方、王粲の容姿を見て娘をやるのを嫌がったのであろう。愚かな事をする」
龐徳公は劉表の行いを聞いて侮蔑していた。
「士元。もし、お主の容姿を見て嫌そうな顔をしたら、帰って来るが良い」
「分かりました」
龐統も深く頷いた。
その後。
鄧義は龐統、龐林、習禎、王粲の四人を連れて鄴へと向かった。
本作では龐徳公は龐統の伯父とします。