波紋を呼ぶ
揚州丹陽郡涇県。
県内にある館。
其処に一室にある男が竹で作られた細い棒のような物を手の中で寝かせ、右手をジャラジャラと音を立てながら揺らしていた。
少しすると、男は手に持っている竹を見て溜め息を吐いた。
「何度占っても結果は同じか」
占いの結果を見た男は唸り声をあげていた。
年齢は三十代前半で、梟の様に大きな目を持っていた。
口髭を生やし怜悧な顔をしていた。
男の名は虞翻。字を仲翔と言い、孫権に仕えている家臣であった。
だが、今は疎まれて幕下から離れて涇県の県令に赴任していた。
主君に疎まれようと虞翻は真面目に職務を行っていた。
そんなある時に、気になる夢を見た。
それは、以前自分が仕えていた王朗の元から去っていく際、飼っていた鳥を籠から出して青空に放った所であった。
今になって、そんな夢を見る事が気になった虞翻は気になって占いを行っていた。
虞翻は易経を研究し、自分の注釈書を書いた事もあった。
占いにはそれなりに自信があったのだが、何度占っても同じなので悩んでいる様であった。
「何度占っても、出て来るのは雷火豊の初爻にしかならん」
虞翻は占いの結果を見て困っていた。
占いの結果は、運命の主人に出会い進んで従えば喜ばれ大切にされると出た。
既に孫権に仕えているのに、その様な結果が出たので虞翻はどういう事なのか分からなかった。
その後、何度も占っても同じであった。
「・・・・・・・殿はわたしを嫌ってはいるのは分かるが。だからと言って、殿の下を去るなど」
加えて、誰かに仕えるにしても宛てが無かった。
以前仕えていた王朗は曹操に仕えているが、虞翻の話を聞いたのか招聘してきたが断ったのだ。
その時は孫策に仕えており重用されていたので仕える気が無かった。
だが、孫策亡き後、主が孫権になったのだが、発言が気に入られず涇県の県令に赴任させられた。
このまま、死ぬまで県令なのだろうと思っていた。
これであれば、曹操の招聘の話を受けても良かったかも知れなかったなと思った。
其処に使用人が声を掛けて来た。
「ご主人様。お客様が参りました」
「客? 名を名乗ったか?」
「いえ、ただご主人様を訪ねて来たとしか申しませんでした」
使用人は誰なのか分からないと言うのを聞いた虞翻はとりあえず会う事にした。
使用人に命じて、その客を部屋に通すように命じた。
暫くすると、客が虞翻の前に現れた。
「わたしが虞翻だ。お主は何者か?」
「はっ、わたしはある方の使者として参りました。その方から、これを」
客は懐に手を入れると、封に入った紙を取り出した。
虞翻はその紙を受け取り封を破り中に入っている紙を広げた。
「・・・・・・っ」
紙を読み終えた虞翻は目を見開らかせた。
(・・・・・・これは、占いの結果なのかも知れんな)
紙には曹昂の名前と共に、自分の下に来ないかという事が書かれていた。
(もし、此処でこの話しを断れば、わたしは碌な最期を迎えないかも知れんな)
そう思った虞翻は占いの結果に従う事にした。
急いで職を辞する旨の文を書いた。その後、自分の知人達に朝廷に仕えないかという文と、その気持ちがあれば待ち合わせの場所に来るようにと記した文を書いて送った。
暫くすると、虞翻の知人達の下に文が届いた。
丁覧、徐陵、沈友の三人が虞翻の求めに応じた。
後日。
孫権は虞翻が職を辞して何処に行ったのか分からなくなったという話を聞いても、探すという事を命じなかった。
それどころか、忌々しい奴が去って清々したと零すのであった。