一石を投じる
数日後。
曹昂の下にある人物が参った。
年齢は二十代になるかならないかという年齢であった。
身長は高く八尺はあり、体格は骨太で頑丈なつくりをしていた。
力ある眼差しにいかつい顔立ちに顎に髭を生やしていた。
「お呼びとの事で参りました。手前は孫礼と申します」
「よく来てくれた」
曹昂は自分の前に居る孫礼を見て、何か強そうと思っていた。
「歳は幾つか?」
「今年で十九となりました」
年齢を聞くなり、曹昂は孫礼の生年を計算した。
(今年で十九歳という事は、生まれは百八十三年になるのか)
孫礼の生年は不明であったので、それが分かり納得していた。
「お主を呼んだのは他でもない。わたしの配下になって貰う為に来てもらったが、特に問題は無いか?」
「・・・・・・一つだけお願いした儀がございます」
「何か?」
大抵の願いであれば聞き入れようと思いつつ訊ねると。
「わたしの恩人で馬台という御方がおります。その方が法に触れ、死罪となったのです。どうか、助けて頂けないでしょうか」
「ふむ・・・・・・・」
話を聞いて、罪を赦免をしろと言われてどうするべきか悩んだが、とりあえずその罪を調べて見て赦免できたらしようと決めた。
「分かった。一度その馬台という者の罪を吟味した後、赦免できれば行うとしよう」
「お願いいたしますっ」
曹昂が赦免できるかもしれないと言うのを聞いた孫礼は頭を下げて願った。
その顔は、もし無理と言われたら脱獄させるのではと思える程に鬼気迫っていた。
その後、罪を調べた結果。罪を犯したのは確かだが、死一等の罪を減じさせても問題は無い罪であった。
曹昂は曹操に馬台の罪を減じさせほしいという歎願書を送った。
数日後には、歎願を聞き入れるという返事が届いたので、直ぐに馬台の死一等の罪を減じられ労役刑に処された。
死罪は免れた事に孫礼は深く感謝して曹昂の配下となった。
その翌日。
曹昂は城内にある部屋に一人でいた。
その部屋にある卓に国の地図が広げられていた。
(孫礼の方はこれで良いとして。後は文官だな)
何処かに良い人はいないかなと見ていると、新しく護衛役に任じられた孫礼が部屋に入って来た。
「申し上げます。鮑允誠様が面会を求めております」
「鮑信殿が?」
何の用だろうかと思いつつ、曹昂は部屋に通すように命じると、孫礼が鮑信を連れて来た。
孫礼が一礼して部屋を出て行くと、鮑信は頭を下げてきた。
「突然の訪問をお許しを」
「いえいえ、お気になさらずに」
「先程の者は見慣れぬ者でしたが、新しく家臣にしたのですか?」
「ええ、孫礼と言いまして、中々に見所がある者です」
「さようでしたか。兗州州牧になるという事で、人を集めている様ですな」
「もうお聞きでしたか」
「ええ、兗州州牧の就任。おめでとうございます。お祝いの言葉を述べるのに遅れた事をお詫び申しげます」
鮑信は頭を下げて謝った。
丁度、曹昂は兗州州牧の就任の詔が来た時、鮑信は郡の視察に出ていたからだ。
「兗州という事ですので、息子共々、よろしくお願い致す」
「こちらこそ・・・・・・あっ」
鮑信と話をしていてある事を思い出した。
それは鮑信の息子の一人で鮑勛を部下に迎えにしようとした事を。
鄴攻略と治安改善と内政をしていた為、すっかり忘れていた。
「何か問題でも?」
「いえいえ、そうではないのです。ただ」
「ただ?」
「兗州州牧になる事が決まりましたが、家臣はそれほど多くないのです」
「はぁ・・・」
曹昂がそう言うが、鮑信は皆世に知られている者ばかりだと思うがなと思っていた。
「其処で、新しく家臣を雇いたいと思うです。其処で鮑信殿の御子息で、少し前に会った。ええっと・・・・・・」
「鮑勛ですかな?」
「そう。その者です。出来れば、わたしの配下に来てもらうと嬉しいのですが・・・」
「そういう事でしたら。息子も喜ぶと思います」
鮑信は問題ないと言うのを聞いて曹昂は内心で良しっと思った。
「では、お願いいたします」
「はっ。ああ、そう言えば」
鮑信は何かを思い出したかのように手を叩いた。
「わたしの知人で荊州で暮らしている者が居るのですが、その者も推薦致しましょうか?」
「どなたですか?」
「鄧義と申しまして、以前劉表の下で治中従事をしていた者です」
治中従事とは刺史又は州牧の補佐して州や府の文書を管理し、さらに州の官吏の選任、その他の事柄を取り仕切る職務であった。
名前だけは聞いた事があるなと思いつつも、気になる事を尋ねた。
「その者は劉表の配下でしょう。何故推薦するのです?」
「いえ、劉表が鄧義の進言を容れず、しかも鄧義を侮辱するような言動をした為、怒った鄧義は職を辞したと文には書かれておりました」
「成程な。ちなみに、どういう関係なのです?」
「まぁ、先祖の縁で代々家同士親しくしているという所ですな」
「どういう事ですか?」
「我が家は前漢の時代、司隷校尉として活躍した鮑宣を先祖に持つ家にございます。そして、鄧義の家は後漢草創期の功臣であられる鄧晨を先祖に持つ家なのです。その縁で何代か前の当主達が知り合い親しくするようになったのです」
「成程。では、鮑信殿が文を送れば、こちらに来てくれるのでしょうか?」
「断言は出来ませんが、恐らくは」
「では、そちらもお願い致します」
「承知しました」
話が終わるなり、鮑信は頭を下げ部屋を出て行った。
そして、曹昂は改めて地図を見た。
(考えてみれば仕えたはいいものの、あまり良い待遇を受けていない者は居る筈だ。そいつらを勧誘しても良いのか)
そう決めた曹昂は前世の知識の中でその条件にピッタリな人物がいる事を思い出した。
人を呼び、その者を勧誘する為に文を渡した。
文が渡された者が向かった先は揚州であった。
本作では孫礼の生年は183年とします。