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漁夫の利を得たのは

 何進を殺された袁紹は兵を集めると同時に、袁術にも声を掛けた。

「袁紹。私は兵を集めるつもりはないぞ」

 袁術は袁紹の下に来るなり第一声がそれであった。

 日頃から袁術は何進の事を嫌っていた。

 それは何進の元の身分が肉屋だったという事で家柄が良くないという事に加えて、袁紹を重用している事が気に食わないからだ。

 だが、袁紹からしたら兵を集めてもらわないと困る事になる。

 袁術は虎賁中郎将という役職に就いている。

 宮中に関しての事は袁紹よりも詳しい。なので、袁紹も知らない宮中の隠し通路など知っていると思われた。

「袁術、聞け。何進大将軍は死んだ。これで宦官と十常侍共を皆殺しにすれば、どうなると思う?」

「そんなの誰も朝廷を束ねる者が居なくなる。……そういう事かっ」

 袁術は話をしていて、袁紹がこの事を話す理由を理解した。

「貴様、この隙に朝廷を乗っ取るつもりか?」

「袁術。少し違うぞ。私とお前で朝廷を取り仕切るのだ」

 笑みを浮かべる袁紹。

「何進大将軍と十常侍が居なくなり、新帝が我々につけば天下は我ら兄弟が思うがままだ」

「各地の将軍や州牧達は不満を言うかもしれんぞ?」

「我が袁家は漢室に長年お仕えした名門である。誰が文句を言えるものか」

「ふむ。しかし、何進の弟の何苗はどうする? あれも位だけは高いぞ」

「心配するな。そちらには既に手を回してある」

 何進配下の呉匡に何進が死んだのは何苗が十常侍に密告したからかも知れないと教えると、呉匡は袁紹の言葉を信じて何苗を殺すと言いだした。

 今頃、自分の麾下の兵に何進を殺したのは十常侍と何苗という事を教えている事だろう。

「ならば、私も兵を挙げるとしよう」

「うむ。私が宮中の門を攻撃すると同時に、お前が中から門を開けてくれ」

「承知した」

 袁紹と袁術はそう約束して別れた。


 数刻後。

 兵が十分に集まったので袁紹は兵を率いて宮中を包囲した。

 包囲が完了すると袁紹は手を掲げた。

「何進大将軍の弔い合戦だ。皆、十常侍と宦官共を皆殺しにせよ!」

「「「おおおおおおおおおっっっ‼」」」

 袁紹の号令と共に宮中を包囲している兵達に攻撃の命令を下した。

 その命に従い喊声を挙げながら宮中に突撃する兵達。

 宮中を守っている兵は十常侍に従い防戦する。

 近づいて来る兵に矢を放ち近付かせない様にした。

 包囲している兵達は仲間が倒れても前へ、前へと進む。

 その包囲軍の突撃に注意を向けていた所為か、袁術が麾下の兵と共に宮中に潜り込んでいた事に気付かなかった。

 包囲軍の攻撃に合わせて宮中を守る各門を内側から開かせた。

「門が開いたぞ。宮中に乗り込め‼ 十常侍と宦官共を皆殺しにしろ‼」

 門を攻撃している将達が命じると兵達は宮中に乗り込んでいった。

 血走った目をする兵達が宮中に入ると目に付いた宦官を殺した。血塗られた武器を持って宮中を走り回るので宦官だけではなく女官達も恐怖で混乱が広がった。

 その混乱により兵達は思うように動けなくなり、誤って宦官ではない官吏や女官などを殺してしまった。

「ひいい、わ、わたしはかんがんではないっ」

 と言って髭が無い官吏などは(すぼん)を脱いで下着も脱いで男性の秘所をさらけ出して歩くという事をした。

 それを見て兵達は笑いながら何処かに行くように指示した。

 宦官の中には女官の服を奪い、その服を着て逃げようとした者も居たが顔を見ればすぐに分かるので、その様な事をした者は直ぐに殺された。

 宮中は悲鳴と兵達の喚声で満たされた。

「新帝はいずこ? 何皇后はいずこにおられるか⁉」

 宦官を殺した血が飛び散ってか鎧や顔についているが袁紹は構わず新帝達を探した。

 何皇后よりも新帝の方が確保しなければ、自分達はたちまち逆賊になる。

 そんな思いが顔に出たのか、部下達も必死な顔で新帝達を探した。

「袁紹様。馬車が一台宮中を出たと報告がっ」

「何だとっ、恐らくそれに新帝が乗っておられる。直ぐに追うのだ!」

「申し上げます! 宮殿の一部より火災が発生しました!」

「馬鹿者‼ 火を着けるなとあれほど厳命したではないかっ⁉」

 袁紹は報告に来た部下に怒りをぶつける。

 兵達もその命令に従っていたが、混乱の最中、逃げる官吏者達の誰かが火が付いた蝋燭を落としてしまい、それで燃え上がった様であった。

 袁紹は馬車を追うか、それとも火災の消火を指揮するか考えた。

 其処に曹操と盧植が姿を見せた。

 この頃、盧植は尚書の地位に就いていた。袁紹が兵を挙げるというので曹操と共に参加していた。

「本初殿。新帝は弟君の陳留王と宦官共と一緒の馬車に乗って行かれたっ」

「なに、本当か⁉」

「うむ。子幹殿と馬車に乗るのを見た。私達はそれを阻もうとしたのだが、宦官共に邪魔された。だが、何皇后は馬車に乗るところをお救いする事が出来た」

「そうか。でかしたぞっ」

 袁紹は内心で新帝をお救いしろと思いつつ顔にはそんな思いなど出さないで曹操達の働きを労う。

「私は馬車を追う。曹操達は消火の指揮に当たってくれ」

「承知した」

 袁紹が曹操達に消火の指揮を任せて、馬車を追い駆けた。

 この時の宮中の襲撃で数千人の宦官と官吏と女官が殺された。

 その中には十常侍も何人か含まれていた。


 宮中から脱出した馬車には張譲、趙忠の他に数人の宦官達と新帝である少帝弁と弟の陳留王の劉協が乗っていた。

 馬車が洛陽を出た時は日が暮れて夜になっていた。

 夜の帳で道がよく見えない中でも馬車は進み続けた。

 目指すは董卓の陣。

 張譲は董卓の助けを借りて、この乱に参加した者達を処罰するという考えであった。

(もうすぐ、もうすぐだ。この乱を凌げば朝廷は私のものになる)

 そんな思いで馬車に乗って泣いている少帝弁を宥める。

 まだ八歳の子供である劉協は泣きもしないで何も言わないで顔を引き締めていた。

 そんな劉協を見て張譲達は可愛げないと思いつつも、少帝弁よりも胆が据わっていると思った。

 早く着けという思いが通じたのか、袁紹率いる追手に捕まる事無く董卓の陣に着く事が出来た。

 ようやく、一息つけると思いながら張譲達は馬車から降りる。

「董卓将軍は何処か? 少帝弁陛下と陳留王様が参られたぞ」

 張譲が陣地に入るなり自分達の周りに居る兵に声を掛ける。

 その声に応えてか、董卓が姿を見せた。

「これはこれは十常侍の張譲殿ではありませんか。お久しぶりですな」

 董卓はわざとらしく丁寧な一礼をする。

 気が急いている張譲はそんな礼を見て苛立ち、がなり声を上げた。

「董卓将軍。そんな事よりも、直ぐに兵を率いてこの乱を治めて首謀者を処罰するのだ‼」

「承知した。では」

 董卓は張譲の言葉に応える様に腰に差している剣を抜いた。

 抜いた剣を振り下ろし、張譲の首を斬った。

「ひあ?」

 悲鳴なのか何なのかよく分からない声を上げて張譲は驚愕の表情を浮かべたまま首は飛ばされ、斬られた所から赤い血が間欠泉の様に噴き出した。

「……ひいいいっ」

 張譲の生暖かい血が顔にあたり趙忠他の宦官達は何が起こったのかようやく理解した。

「と、とうたくしょうぐん。なにを」

「見ての通り、この乱を起こした首謀者である十常侍を殺したのだ」

 まるで、水を飲むかのような気安さで張譲を殺す董卓。

 董卓は血で濡れる剣の切っ先を趙忠他の宦官達に向ける。

「貴様らも同罪だ。殺せ」

 董卓が兵に命じると兵達は容赦無く得物を振り下ろした。

「ぴぎゃああああっ」

 趙忠が身体を切り裂かれて悲鳴を上げる。

「ははは、まるで豚の様な悲鳴をあげおるわ」

 董卓は趙忠の悲鳴を聞いて嘲笑した。

 

 張譲達を殺した董卓は自分が乗っている馬に少帝弁を乗せて劉協には部下に手綱を取らせて馬に載せて三百騎ほど伴って洛陽へと向かう。

 全軍で向かわないのは、混乱している洛陽に三千の兵が入れば混乱が広がる可能性を考慮したからだろう。

 董卓は少帝弁と劉協に乱の経緯などを訊ねた。

 少帝弁は満足な会話さえ十分にできなかったが、劉協は一連の事情を滞りなく話して見せた。

 董卓が二人と会話をしていると、ようやく袁紹達が姿を見せた。

「おお、御無事でありましたか。陛下」

 袁紹は少帝弁の姿を見るなり下馬して跪いた。

「あ、あ、うう……」

 血塗れの袁紹の姿を見て怯える少帝弁。

 それを見て兄に恥を掛けられないと思い劉協が口を開いた。

「大義であった。一層の忠義に励むが良い」

「ははっ」

 袁紹が答えを聞き、董卓は袁紹に話し掛ける。

「では、私が宮殿に陛下をお連れする。貴殿も付いてこられるか?」

「……お願いいたす」

 袁紹は歯噛みしながら付いて行く事にした。

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