破滅の足音が聞こえだす
郭嘉が呂曠と呂翔の二人に話した数日後。
呂曠達は僅かな供を連れて姿を消した。
捜索した結果、二人は高幹の下に向かったという報告が齎された。
その報告を訊いた家臣達は意味が分からなかった。
最早、高幹の命は風前の灯火であった。
そんな者の下に行っても、討死するしかないからだ。
家臣達は訳が分からなかったが、一応曹操に報告する事にした。
「そうか」
報告を訊くなり、そう呟いただけであった。
曹操としては、高幹を討ち取る事は決まっているので、呂曠達が高幹の懐に入る事に成功しようが失敗しようが構わなかった。
失敗した時は朝廷に上奏して功績を称えるだけで、成功したら壺関県を簡単に落す事が出来るだけであった。
手間が省けるか省けないかの違いなので、何も問題なかった。
それから数日後。
郭嘉の下に呂曠からの文が届いた。
正確に言うと、呂曠達が連れて行った供の一人が間者でその者が送ったというのが正しかった。
文によると、二人は壺関県に着くなり、高幹に部下に迎えて欲しいと告げた。
少し怪しまれたが、二人は城内に入る事が出来て、高幹を説得して部下になる事が成功、今は信頼してもらう為に媚びていると書かれていた。
文を読み終えた郭嘉は曹操の下に趣き報告した。
「そうか。無事に潜り込めたか」
「はっ。これで高幹は最早袋の鼠にございます」
「良し。出陣の時機は?」
「もう少しで秋になります。その時に出陣すればよいと思います。その頃には呂曠達も高幹にある程度は信頼されているでしょう」
「先に出陣した李典達はどうしている?」
「上郡、五原郡、雲中郡、定襄郡、雁門郡、朔方郡は全て制圧し今は西河郡の平陸県にいるそうです。丞相が出陣し合流する頃には、西河郡を全て制圧し太原郡の攻略に掛かっているでしょう」
「では、その様にせよ」
「承知しました」
報告を終えた郭嘉は一礼しその場を離れて行った。
季節は夏から秋に変わった。
秋風が木々を揺らす鄴の城外では五万の兵が布陣していた。
直ぐにでも出陣出来る状態で待機している兵達は自分達を指揮する者を見ていた。
「では、わたしが居ない間は任せたぞ」
「はっ。お任せを。父上もどうかご用心を」
「ははは、高幹は袋の鼠よ。そんな者に何ができよう」
曹操は笑いながら問題ないと述べた。
曹昂としても一応用心という事で言っただけで、内心では流石に負ける事は無いだろうと思っていた。
「では、御武運を」
「うむ。高幹を討ち取った後、文を送るから丁薔に妻妾達と共に鄴に来るようにと文を送れ」
「・・・・・・遠征から帰って来たら母上達に出迎えて欲しいのですね」
別段、遠征を終えて鄴に戻ってから文を送っても良い筈なのに、そう指示するのを聞いた曹昂は母上達に出迎えて欲しいんだなと思い口に出した。
すると、曹操は曹昂の頬を引っ張った。
「分かっているのであれば、言うでない。馬鹿者」
「ず、ずいまぜん」
頬から手が離れると、曹操は咳払いをした。
「流石に孫権や劉表あたりが攻め込んで来るとは思わんが、一応そちらの方も警戒するのだぞ」
「承知しました」
言うべき事は言い終えると、曹操は自分が乗る馬車に乗り込んだ。
馬車に卞蓮が居るのが当然の様に乗っていた。
馬車に座ると手を掲げると、太鼓が叩かれた。
その調子に合わせて、喊声をあげる兵達。
馬車が動くと兵達も列をなして進み始めた。