後任に選ばれました
誤解を招く表記をしまして申し訳ありません。
話を修正します。
鄴に戻って来た曹操は精力的に政務に励んでいた。
とは言え、所々分からない所があった。
そう困っている所に、以前から声を掛けていた人物がようやく姿を見せた。
「良く来てくれた。其方がいれば分からない所も何とかなるであろう」
その人物を見るなり、曹操は安堵していた。
その者は三十代後半で背が高かった。
長い手足に鍛えられた身体を持ち、手には潰れたタコが出来ていた。
鋭いが品がある目元。広く気品がある顔立ちで、顔の周りにはびっしりと整った髭を生やしていた。顎髭に至っては四尺ほどあった。
威厳のある容姿で、曹操とその場に居た者達はその者を仰いでいた。
「丞相ほどの御方がわたしの様な者に声を掛けて下さり、恐縮です」
その者は膝をつき深く頭を下げた。
「お主の高名は聞いておる。これからは別駕従事となり、私の補佐をしてくれ」
頭を下げる者に曹操は力になって欲しいと頼んだ。
その者は名を崔琰。字を季珪と言い、嘗て袁紹に仕えていた文官であった。
文官だが剣術が得意で、若い頃は正卒(正規兵)であったが発奮して学問に励んだ。
その後、袁紹から騎都尉に任命されたが、袁紹亡き後は袁兄弟がいがみ合うのを見て、病気になったと称して隠遁した。
それでも袁尚が招聘しようとしたが、知人の陰夔と陳琳の二人が取りなした為、そのまま隠遁し続けていた。
崔琰ほどの人物が曹操に仕える事に、その場に居た者達は喜んでいた。
「これで冀州の戸籍を調べる事が出来る。袁紹ですら三十万の兵を動員できたのだ。まぁ、これだけ大州なのだから、それぐらい動員できるであろうがな」
これで、自分も三十万の兵を用意できると述べる曹操。
その言葉を聞いた崔琰は悲しそうに首を振った。
「今、天下は千々と乱れております。冀州も袁兄弟は愚かにも争い、未だに多くの民衆の屍は野原に晒されております。丞相は彼らの塗炭の苦しみを救ったというような話をまだ聞きませぬ。それなのに兵の数を調べられ、ひたすらそのことを優先されるとは、まずは民の気持ちを思いやるのが先では?」
崔琰はそう指摘すると、曹操は言葉を詰まらせた。
その場に居た者達は一人を残して、皆顔を青くしていた。
言っている事は間違っていないが、だからと言ってまだ功績を立てていない崔琰が満座の場で曹操に直言したので、どうなるのかと恐れていた。
「・・・流石は季珪殿ですな。まことに誠実なお言葉です」
その場に居た曹昂は崔琰の言葉に同意していた。
「失礼。貴殿は?」
「これは失礼しました。わたしは曹昂と申します」
「丞相の御子息でしたか、失礼いたしました」
「いえいえ、お気になさらずに」
「おほん。崔琰の言う通りだな。冀州はようやく袁家の支配から解放されたのだ。それなのに、民の事を思いやらないとは軽率であったな。許せ」
曹操が失言だと思い、崔琰に謝った。
謝る言葉を聞いてその場に居た者達は安堵の息を漏らした。
その後。
曹操は崔琰の手を借りて、戸籍を統計整理した。
整理が終わると、曹操は朝廷にある事を上奏する為に使者を送った。
暫くすると、朝廷から使者が派遣された。
「詔により、曹操を冀州州牧に任ずる」
使者が詔書を読み上げるのを聞いた曹操は拝命すると述べた。
曹操が冀州州牧に就任となると聞いた家臣達は歓声をあげた。
と同時に、その使者は詔書の続きを述べた。
「また、曹操は冀州州牧になった為、兗州州牧を返上した。後任として曹昂に兗州州牧を、司馬朗を兗州刺史に推した。天子はその上奏を認め、曹昂を兗州州牧に司馬朗を兗州刺史の職を与える」
曹昂と司馬朗が思わぬ職に就いた事に驚きつつも、拝命した。
曹昂達が職に就いた事に家臣達は歓声をあげた。
曹操達が州牧に就任する事になった為、宴を設けられた。
その準備の最中、曹昂は曹操と話をしていた。
「父上。何故、わたしを兗州州牧に推したのですか?」
「分からんか?」
曹操の問いかけられても分からないので、首を振った。
それを見るなり、曹操は溜め息を吐いた。
「少しは成長していると思ったが、まだまだか」
「申し訳ありません」
曹昂は謝りつつも、分かっていたら聞いていないと思っていた。
(と言うか、何で司馬朗を兗州刺史にしたんだ? それで余計に訳が分からなくなったんだがっ)
内心でそう憤りつつも、曹操の答えを待った。
「これから、私は鄴を本拠とする。冀州には多くの兵を集める事が出来るからな」
「成程。冀州は兗州よりも広いですからね」
「そうだ。しかし、私が許昌に居なくなれば、また朝廷の重臣達が良からぬ事を考えるかも知れんし、孫権、劉備、馬騰などが私が居ない隙にとばかりに攻め込んでくるかもしれん。その時はお前が許昌を守れ」
「成程。司馬朗を兗州刺史にしたのは、わたしが居ない間の兗州の統治を任せる為ですね。豫洲州牧にしなかったのは、既に李通を豫洲州牧にしたからですね?」
「そうだ。功績を立ててくれたからな」
「ですね。最後に一つ聞いても良いですか?」
「何だ?」
「天子を鄴に移さないのですか?」
曹昂は暗に遷都しないのかと訊ねた。
史実では曹操が鄴に拠点を置いても、献帝は許昌に居た。
その為、後漢は滅びるまで許昌が都であった。
曹昂は何故、遷都しなかったのか不思議であった。
「河北は完全に支配したとは言えん。それに、天子を動かすとなると、天子の移動やら宮殿の建設などに金と時間が掛る」
「許昌に置けば敵に奪われるかも知れませんが」
「馬鹿者。まだ、わたしに敵対する者は多いのだぞ。そんな最中に宮殿を造る金など有る訳が無かろう。呂布達と敵対していた時は、必要だったから建てたが、あるのであれば新しく造る必要など無いわ」
そう言われると、曹昂も反対する事が出来なかった。
そして、宴の準備が終わると二人は宴席が行われている部屋に向かった。