大人げないとは思うが
高幹が方々に使者を放っていた頃。
鄴に曹操からの使者が来た。
使者曰く、数日後には到着するので出迎えの準備を整える様にと。
報告を訊くなり曹昂達は準備に取り掛かった。
その四日後。
曹操軍の先頭が見えて来た。
城門近くには曹昂を含めた文武百官が勢揃いし列をなしていた。
やがて、曹操が乗る馬車が見えた。
馬車がある程度近付いた所で、ピタリと止まった。
そして、馬車に台が置かれるとそれを足場にして曹操が降りて来た。
曹操の姿を見ると、曹昂は手を掲げた。
すると、控えていた楽隊が楽器を鳴らしだした。
響き渡る楽器の音を聞きながら曹操は歩いてくるので、曹昂は曹操の前まで来るとその場で膝をついて頭を下げた。
「御無事の帰還にお喜び申し上げます。父上」
「報告は聞いている。私が居ない間、よくぞ鄴を守ったな」
「わたしは特に何もしていません」
首を振るのを見て、曹操は苦笑いしていた。
「まぁよい。詳しい話は城の中で聞こう」
「はい」
曹操が馬車に戻るのを見て、曹昂は立ち上がり道を作る様に指示した。
家臣達の列の間を曹操軍は進み城内に入って行った。
城内に入ると沿道には多くの民が詰め掛けており、皆口々に曹操の遠征の勝利を称えて万歳を唱えていた。
城内にある大広間。
上座に座る曹操に曹昂が諸々の事を報告していた。
「以上になります」
「報告ご苦労。ふん、高幹め。私が居ない間に鄴に攻め込むだけではなく司隷にも兵を送り込むとは。私が居ない間に河北を手に入れるつもりだった様だな」
報告を訊き終えるなり、曹操は鼻を鳴らした。
まさか、降伏して直ぐに反旗を翻した事に怒っている様であった。
これで冷遇しているのであれば納得できたが、特に厚遇はしていないが冷遇をしていなかった。
「これでもお前が高幹に対して注意すべきだと言ったから防ぐ事が出来たのかも知れんな。見事だ。よくぞ、高幹の奇襲を防いだ」
「父上。それは買いかぶり過ぎです」
曹操が褒めるので、微笑んでいた。
「まぁ、これも郭嘉と沮授を鄴に残していたお蔭か。二人は役に立ったであろう?」
その言葉を聞いて、曹昂を含めた鄴に残っていた者達は若干顔を引き攣らせていた。
特に名前が挙がった郭嘉と沮授などは笑顔で固まっていた。
「・・・・・・ええ、し、職務に真面目に励んで下さいましたよ」
「そうか。まぁ、その為に残したのだからそうであろうな」
曹昂は職務は励んでいたと言うと、曹操もさもありなんと頷いていた。
流石に役に立ちませんでしたとは言う事に憚り、無難な事を言うのであった。
郭嘉達は内心で助かったと思っていた。
「そ、それよりも、父上。功を立てた荀衍殿が褒美を与えようとしたら、こう言われたのです」
「うん? 何と言われたのだ?」
「甥の荀閎を士官させて欲しいとの事です」
「うん? 荀衍の甥という事は、荀彧の甥という事だろう。私に頼まなくても、荀彧に頼めば良いであろう?」
曹昂が話を変える為に、別の話を振った。
「その者の父は荀諶だそうです」
「荀諶? ああ、袁紹に仕えていたと聞いた事があるな。まぁ、袁家も無いも当然だから仕えても問題なかろう。官職については荀彧と相談するが良い」
「有り難き幸せっ」
曹操は仕えて良いと述べると、その場に居る荀衍は頭を下げた。
「それよりも、袁家の処遇をどうするかだな」
「処遇と言われましても」
袁譚の方の家族は既に処刑されていた。
袁煕の家族は曹昂が保護しているので、残るは袁尚の家族だけであった。
「許昌に居る袁尚の妻と子供に袁紹の妻の劉夫人だけになりますね」
「うん? 袁煕の方はどうなっている?」
「それについては一言ご相談があります」
曹操の疑問に、曹昂は考えがあるとばかりに胸を叩いた。
「何を考えている?」
「袁家の勢力は無くなったも同然。汝南郡には慕う者達はおりますが、その者達を取り込みたいと思うのです」
「取り込むか。具体的に何をするのだ?」
曹操が書几を指で叩きながら訊ねてきた。
「袁煕の子は男の子だそうです。其処で、その子を袁玉の娘の婿にします」
その提案を聞いて、その場に居た者達は目を剥いていた。
滅ぼした家の者を婿にすると聞けば、誰でも驚く事であった。
「ふん。御家再興という名目を立てて、袁家に縁がある者達を取り込むか。悪くはない」
提案を聞いて直ぐに看破する父の頭の回転の速さに頭を下げる曹昂。
「悪くはないが。全員が全員、御家再興に手を貸すとは限らないだろう。そういう者達はどうするのだ?」
「袁尚の子と妻は寺に入って出家すれば、流石に手を貸すと思います」
「ふむ。それも悪くないな。いや、いっその事、袁尚の妻子がいる寺の場所の情報を流せば、子を利用して反乱を起こす事も考えるかも知れんな。其処を一網打尽にする手もあるな」
曹操の策を聞いて、悪辣すぎると思いはしたが悪い手では無いかと思っていた。
家臣達は流石に指摘するのを躊躇っていた。
「では、袁尚の妻子はそうするとして、劉夫人はどうします?」
一度劉夫人に会った事がある曹昂は流石に、父上も手を出さないなと思っていた。
一度しか会っていないが、幾ら人妻と未亡人好きであっても、年が曹操よりも上なので手は出さないと分かっていたからだ。
「劉夫人? ああ、暫く生活するのに困らない財と米を与えて故郷に帰してやれ」
曹昂の予想通り全く食指が動かなかった様で、投げやりな態度でそう述べた。
「承知しました」
その後、兵を暫く休ませた後、高幹討伐に乗り込むという事が決まり解散となった。
城内にある一室。
其処で曹昂は貸していた家臣の趙雲と張燕と話していた。
「烏桓征伐。二人は功を立てたと聞いた。わたしも嬉しく思う」
「はっ。ありがとうございます」
「これも、曹子脩様が送り出してくれたお陰にございます」
趙雲と張燕は頭を下げて感謝の言葉を述べていた。
「時に、二人は父上から褒美を賜ったと聞いたが。本当か?」
評議の席で二人の遠征で曹操から褒美を貰ったと聞いて、何を貰ったのか気になり訊ねた。
「はっ。わたしは青釭剣を賜りました」
「わたしは平北将軍の職を与えられました」
二人は正直にどの様な褒美を貰ったのか報告するのを聞いて、曹昂は直ぐに曹操の意図を察した。
(唾つけに来たな。まぁ、気持ちは分からないでもない)
烏桓族の大人達を一人残さず捕縛したのは張燕の敏捷な動きで兵を率いたお陰だと聞いている。その上、趙雲に至っては仇の袁煕を追い駆けていると、虎に出会い討ち取ったというのだから、誰でも欲しいと思うのも無理ない言えた。
兵の中には趙雲の事を打虎将と称えていると聞いていた。
(わたしの家臣に唾つけるのは止めて欲しいが、人材集めるのが好きな人だからな)
何を言っても無駄だと判断していた。
曹昂は溜め息を吐いた後、趙雲を見た。
「その烏桓征伐の役に立った田疇という人物はどう見る?」
「は、はい。節義、才徳どれをとっても世の中を正しくする事が出来る御方にございます」
「・・・・・・面白そうだな。文を送ってくれないか。一度会ってみたい」
「分かりました」
趙雲にそう頼むと、二人を下がらせた。
曹昂は一人になると、ある事を思い出した。
「そうだ。虎殺しと言えば有名な者が居たな。田疇を口説くついでに、そいつも部下にしてみるかな」
幽州も支配下に入ったので、探せば見つかると思い曹昂は人を呼んでその者の名と暮らしている郡と県を教えて探すように命じた。
「・・・・・・ちょっと大人げないかな」
命じた後、ポツリと零すのであった。