風前の灯火
司隷河東郡平陽侯国。
其処には南匈奴の単于である呼廚泉が拠点にしていた。
そして、今も呼廚泉の下に使者が来ていた。
「・・・・・・」
呼廚泉はその使者が持って来た文を読んでいた。
「何卒、我らの協力を。協力の暁には、単于に逆らう老王達を滅ぼし貴殿の下で南匈奴統一の力になると、我が主は申しておりました」
「・・・・・・」
使者が言葉を告げても、呼廚泉は黙り込んでいた。
何かを考えている様に見えたと思われたが、突如持っている文を掴み引き裂いた。
二つに引き裂かれた紙を更に引き裂いた後、丸めて放り捨てた。
「戻ったら、お前の主に伝えよ。我らはもうお主には従わぬとっ」
「そ、其処をなんとか」
「くどいっ。誰ぞ、こやつを叩き出せ!」
使者は何とか翻意させようとしたが、呼廚泉は兵に外に連れ出すように命じた。
兵達は命じられるがままに使者を掴みその場から強引に連れて行った。
「ふん。最早、自分一人の力では曹操に勝てないと分からないとは。哀れな」
「さようにございますな」
呼廚泉が鼻を鳴らすと、側にいた去卑が同意するかの様に首を振る。
「そもそも、我らが袁紹に従っていたのは、老王共が袁紹に与して我らを滅ぼすのを避ける為に従ったまで。袁紹亡く、河北の殆どは曹操の手中に収まっているのに、あやつの命に従う義理など無いわ」
それでも、并州を治め時折、老王軍との戦いで和睦などの仲介をしてくれた事もあったので、義理で共に降伏しようと声を掛けたが、反乱を起こしたので付き合う道理は無かった。
「しかし、こう何度も使者を送って来るとは。高幹は袁紹が生きていた頃から我らよりも烏桓の者共を重用している事で、部族の者達は不満を持っている事を知らなかったのでしょうか?」
「恐らくそうだろうな」
その言葉を聞いて呆れた顔をする去卑。
袁紹は幽州を手に入れた際、烏桓族を従える手段として、家臣達の娘を養女にし、烏桓族の大人達に妻にさせていた。
形式上、烏桓族を親戚にした。そのお陰で、袁煕が烏桓族の下に逃亡しても保護して領土奪還に協力した。
だが、南匈奴には何もしなかった。
というよりも、呼廚泉と老王の二つの勢力に分かれて争っている為、下手に片方の勢力に加担すれば、もう片方に恨まれるという事になる。
袁紹は面倒に思い、南匈奴には何もしなかった。
だが、南匈奴の者達からしたら自分達よりも烏桓族の方を重く用いていると見ており部族内では不満が溜まっていた。
「もう使者が来ても通すでない。追い返せ」
「承知しました」
そう告げた後、呼廚泉は部屋を出て行った。
同じ頃。
荊州南郡襄陽。
城内にある一室で劉表はある文を読んでいた。
文には、曹操との盟を捨てて、わたしと盟約を結び曹操を討とうと書かれていた。
この文を送ったのは高幹であった。
もう、助けるのであれば誰でも良いと思ったのか、方々に使者を放ち救援を求めるのであった。
「ふむ・・・・・・」
文を読み終えると、側にいる劉備に文を渡した。
劉備は文を一読すると、呆れたように溜め息を吐いた。
「どう思う? 皇叔よ。お主の意見を聞きたい」
劉表が劉備に意見を求めるのは、丁度蔡瑁達が南部の視察に出ていた為だ。
「・・・・・・此処は何もしない方が良いでしょう。遠からず、高幹は曹操に討たれます」
「そうか」
劉備の意見を聞いた劉表は高幹の使者に申し出を断ると言って城から追い出した。
襄陽から追い出された使者はその足で揚州の孫権の下に赴き救援を求めた。
話を聞いた孫権は家臣達と協議する事も無く、使者の申し出を断った。
助けても何の益も無いと分かっていたからだ。
使者は翻意してもらおうと頑張ったが、追い出された。
暫くして、諸勢力に出した使者全員が高幹の下に帰って来たが、全て不首尾になったと報告すると、高幹は半狂乱となって暴れ出した。