援軍に来た理由
曹昂が鄴へ帰還している頃。
高幹は壺関県を占領し防備を固めつつ、司隷に居る知人達に反乱を起こすように文を送った。
司隷で反乱が起こるのを確認すると、配下の郭援に三万の兵を与えて司隷へと進軍させた。
命令を受けた郭援は南匈奴の領地を通り河東郡に入った。
南下しつつ、通る途中にある県を陥落していった。
郭援軍が南下する中、司隷を統括する任に就いている鍾繇は長安にある一室である人物達と対面していた。
「おお、良く来て下された」
鍾繇はその人物達を見て顔を綻ばせた。
その人物達は二人の男であった。
一人は二十代後半の男性で、白粉をはたいた様に白い顔は冠に付けられている翡翠の様に美しかった。
目は何もかも刺し貫きそうな程に鋭く流れる星の様であった。
それで虎の様に大きな身体と猿の様に長い肘と豹の様に引き締まった腹と狼の様ながっちりとした腰を持っていた。
もう一人の男性は三十代前半であった。
最初の男性に負けないくらいに大きな身体を持ち、鷹の様に鋭い目を持ち無骨な顔立ちをしていた。
口髭を生やしていなかったが、下顎から円を描く様に髭を生やしており、顎が縦に二つ分かれてるような形をしていた。
この者達は涼州を治める馬騰の息子の馬超と部下の龐徳であった。
「父馬騰の命により、馬超孟起。御助力いたす」
「馬寿成の部下の龐徳。字は令明と申す。お見知り置きを」
二人が頭を下げて名乗りを聞いて、鍾繇は二人を頼もしそうに見ていた。
「御二方の勇名は良く聞いております。共に逆賊を打ち倒しましょうぞ」
鍾繇は馬超達が来てくれた事に内心安堵していた。
と言うのも、馬超の父である馬騰は以前、董承と共に曹操暗殺計画の一員に名を連ねていた。
計画自体は察知されて董承達は親族と共に処刑された。
この時の計画で名を連ねて生きているのは劉備と馬騰の二人であった。
劉備は様々な所を流転して、今劉表の食客になっていた。
馬騰は涼州刺史のままであったが、何の処罰も下される事は無かった。
と言うのも、その頃は袁紹との戦いで真っ最中であった。
兵を差し向ける余裕など無く、かと言って敵に回られると困るという状況であった。
其処で鍾繇は馬騰を説得して良馬を提供してくれる事となった。
それだけでは不十分と思ったのか鍾繇は曹操に馬騰を恩赦するべき、さもなければ敵に回るかもしれないと書いて文を送った。
曹操も文を読むと、それは困ると思ったのか献帝に上奏して馬騰に恩赦を与えた。
(援軍を送るという事は、もう敵になるという事は無いと思って良いのであろうな)
そう思えたからこそ安堵するのであった。
「して、敵は今どこら辺に居るので?」
馬超がそう訊ねると、鍾繇は咳払いをした後、現状を話し出した。
「現在、郭援軍は絳邑県を攻撃しているが、未だに陥落したという報告は受けていないのでまだ落ちていない様だ」
「ほぅ、敵軍は三万と聞いておりますが。良く持ちこたえておりますな」
「その県を守る者は優れた御仁のようで。では、我らは絳邑県の援軍に行くのですな?」
龐徳がそう訊ねたが、鍾繇は首を振った。
「いや、その攻撃を受けている絳邑県の県令から文が来てな。文には我が県の救援よりも、皮氏県を抑えるべしと書かれていたのだ」
「皮氏県?」
「何処にある県でしたかな?」
馬超達は名前が出た県が何処かのか分からなかったので、鍾繇は部屋の外に居る護衛に地図を持ってくるように命じた。
暫くすると、部屋に地図が届けられて卓に置かれた。
「長安は此処。そして皮氏県は此処だ」
鍾繇は指で現在地と名前が出た県が何処にあるのか教えた。
馬超達は皮氏県を見ていると、龐徳は何か分かったのか手を叩いた。
「成程。この皮氏県は長安から数百里しか離れていませんから攻める為の拠点にするのでしょう。また、近くに汾水が流れていますので、守りやすいですな」
「そう言う訳か。では、鍾繇殿」
「うむ。直ちに兵を集めて皮氏県へと進軍しようぞ」
鍾繇は直ぐに出陣の命を下した。
暫くすると、鍾繇・馬超軍合わせて二万の軍が皮氏県へと進軍した。
数日後。
絳邑県を包囲攻撃している郭援に敵軍内に居る密偵から報告が齎された。
「なにっ、皮氏県が敵軍に占領されただと‼」
「はっ。防備を固めた後、絳邑県の救援に向かうとの事です」
密偵からの報告を訊いた郭援は唸っていた。
「むぅ、叔父上に軍略の才は無いと思っていたのだが・・・」
河東郡に居た頃がある郭援は皮氏県が要害だという事を良く知っていた。
鍾繇は身内なので治政は優れているが軍事の才がそれ程無いという事を知っていた為、要害の地を抑えた事に驚いていた様であった。
「むぅ、呼廚泉単于はまだ援軍を送らんのか?」
郭援は近くにいる部下に訊ねた。
一向に絳邑県が落ちないので、呼廚泉に援軍を頼んでいた。
「はっ。未だに来ません。使者を送っても、今出陣の準備をしているのでもう少し待って欲しいという返事しかもらえないそうです」
「ええいっ、役に立たん異民族共がっ」
部下の報告を訊いて郭援は地団駄を踏んでいた。
「将軍。敵の援軍が来る以上、この地に居れば挟撃を受けるやもしれません」
「・・・・・・むっ、それは言えてるな」
部下の進言を聞いた郭援は絳邑県を包囲を解き平陽まで後退する事にした。