拠点に着くまでが遠征
遼西郡一帯を一旦田疇に任せた曹操は鄴への帰路に着いた。
季節は春から夏になろうとしていた。
海沿いの道を進み続ける曹操軍。
しかし、どれだけ日数が経とうと雨の降る気配が無かった。
雨が降れば地面がぬかるんで進むのに困難になるのだが、だからと言って全く降らなければ水の確保が出来ずそれはそれで困るというものであった。
兵達も飲み水を満足に飲む事が出来ず喉を渇きを訴えていた。
曹操も地面を掘って水の確保しなければならないなと思っていたが、其処に田豊が話しかけて来た。
「丞相。何処かで軍を休ませましょう。其処でわたしが水を手に入れて参りますので」
「水を? どうやってだ?」
「はっ。若君が出陣する際に、戦車に蒸留器を乗せまして、それで水を手に入れる事が出来ると教えてくれました」
田豊がそう言うが、曹操はどうやって水を手に入れるのか分からず訝し気な顔をしていた。
田豊も方法を教えられたとは言え、半信半疑な顔をしていた。
とりあえず、曹操は言われた通りに兵を休ませる事にした。
何も無い平原に曹操軍は足を止めた。
強い日差しが曹操軍の兵達は喉を乾かせており、水が入っている革袋を恨めしそうな目で見ていた。
田豊はそんな兵達を連れて海へと向かった。
海水を掬い革袋の中に入れていく。
海水は塩辛くて飲めないのに、と兵達は思いつつ命令に従った。
少しすると、海水が入っている革袋を陣営に戻る田豊。
陣営に戻ると田豊は蒸留器を持って来るように兵に命じた。
そして、曹昂から渡された取り扱い書に目を通した。
「ええっと・・・まずは一番下の槽に海水を入れて火にかけると」
田豊は取り扱い書を見つつ、加熱する槽と回収する槽と冷却槽の三つの槽が重なった蒸留器を見つつ何をするのか確認した。
加熱する槽に海水を注ぎ火にかけた。
そして、一番上の槽である冷却槽に海水を注いだ。
「火にかけた後、この一番上の槽に海水を注いでそのまま暫くすると、真ん中の槽に取り付けられている伸びた口から水が出ると・・・・・・」
田豊は取り扱い書を見つつ、本当にこれで水が出るのかと思いながら行っていた。
火がかけられ、海水が沸いていく。
湯気が立ち、海の匂いが周りに漂いだした。
田豊達はその匂いを嗅いでいると、真ん中の槽に取り付けられている口から、ポタポタと水が流れてだした。
「「「ぎゃあああああああっっっ‼‼‼」」」
「ま、呪い、呪いだ‼」
「か、かかか、かみさま・・・」
口から流れる水を見て、田豊を含めた作業をしていた者達は怯えたり神に祈ったりしていた。
この時代、化学など発達もしていない。氷を溶かせば水になるという事を知っているが、気体を冷やせば液体になるという事が知られていなかった。
そんな事も知らないので、田豊達は自分達が見ている光景を妖術か何かとしか思えなかった様だ。
作業していた兵の一人が何とか立ち上がり、足を震わせながら曹操の下に来て、水が出来たと報告した。
その報告を訊いた曹操は本当に出来た事に驚きつつ、どうやって出来たのか気になり作業場に向かった。
作業場に着くと、蒸留器に取り付けられている口から水が流れているのを見て、曹操も奇怪だと思ってしまった。
流れる水が飲めるのか分からなかったが、此処は誰かに毒見させる事にした。
兵の数人に蒸留器で出来た水を飲ませてみた。
暫くしても、腹を壊す様子を見せないので曹操達はその水を飲む事が出来た。
蒸留器から出る水により水不足を解消する事が出来たが、気候が違うので、それなりの数の病人は出た。
病人が出たが、曹操はそのまま進軍を続けた。
何処かの県で休んで病人の病を治させるよりも、さっさと鄴か易県に着き其処で治療をした方が良いと判断した曹操。
強行軍では無かったが、病が悪化し少なくない数の病人が倒れ、そのまま息を引き取った。
それなりの犠牲を出しつつも曹操軍は易県に着き其処で一度軍を休ませる事とした。