もう一つの悪い癖が疼き始める
曹操が総攻撃を命じた時、その軍勢の中には当然、趙雲も居た。
亡き主君劉虞の墓で誓った事を果たさんが為に愛馬と共に烏桓軍へ攻め込んだ。
狙うは袁煕の首一つであった。
混乱する敵軍の中を単騎で斬り込む趙雲。
だが、曹操軍の総攻撃を見るなり袁煕は自分を助けてくれた烏桓族の者達を見捨てて、護衛の者達と共に逃げ出した。
軍勢の中から逃げる集団を見て、その掲げている旗を見ると袁の字の旗を掲げていた。
仇敵が逃げるのを見るなり趙雲は一人で追い駆けた。
暫く追い駆け続けた趙雲。
だが、途中で見失ってしまった。
夢中で追い駆けていた所為か、もう夕日が沈みかけていた。
(軍とはかなり離れたであろうな。これから戻るのも容易では無いな)
とりあえず、馬も疲れているので何処かで休める所で休ませてから戻るしかないと思い、何処か身を休ませる所を探した。
探し続けた事で、林の近くに小川が流れている所を見つけた。
寒くなれば林に落ちている枝を拾い燃やせば暖も取れる。
川もあるので喉を潤す事が出来るので、此処で身を休ませる事にした趙雲。
適当な所で腰を下ろして馬も適当な所で自由にさせていた。
何があっても対処できる様に得物の槍は傍に置き、息を吐いて気を静める趙雲。
早く袁煕の首を取りたいという思いはあるが、土地勘のない土地の夜の移動は危険を伴うので、此処は夜が明けてから行動するべきだと判断した。
そろそろ、枝を拾い暖を取ろうかと思っていた所で。
「ひぃあああああっ‼」
林の方から悲鳴が聞こえて来た。
趙雲は何事かと思いながら槍を手に取り林の中へ駆けた。
林の中に入り暫く進んでいると、何処からか血の匂いが漂って来た。
「・・・・・・こちらか」
血の匂いを嗅いで匂いの元を辿る趙雲。
その匂いの元を辿って行くと、驚きの光景を目にしていた。
趙雲の視線の先には、木に背を預けている者と地面に赤い液体を流しながら倒れている者達が居た。
倒れている者達は皆、鎧兜を纏い手に剣や槍を持っている事から、何処かの軍勢に属している者だという事が分かった。
その者達が倒れている側には四足の獣が居た。
身の丈十尺以上はあり、毛衣は黄褐色で、黒い横縞が入っており腹部の皮膚は白く弛んで襞状になっていた。
丸い耳を持ち黄色の目と黒い瞳を持ち髭を生やしていた。口元に若干赤い液体が付着していた。
「・・・まさか、虎に出くわすとはな」
趙雲は虎を見るなり、唾を飲み込んで槍を構えた。
虎の方も趙雲の足音が聞こえていた様で、木に背を預けている者を放って趙雲の方を見た。
両者はジリジリと動きながら距離を測っていた。
虎は威嚇しながら動くと、趙雲もその動きに合わせて動いた。
一人と一匹の睨み合いは暫しの間、続いた。
そのまま睨み合いが続くかと思われたが、虎が我慢できなかったのかその場で飛び上がり趙雲に襲い掛かってきた。
虎の動きに虚を突かれたのか、趙雲は向かって来る虎に逃げようとはしなかった。
相手が動かないのを見た虎はそのまま飛び掛かり、趙雲の首筋に歯を立てようと口を開く。
白い牙が見えた瞬間、趙雲は。
「はあああっ」
趙雲は槍を短く持ち換え、繰り出した。
狙いは虎の首。
後少しで趙雲に飛び掛かるという所であった為、虎は趙雲が繰り出す一撃を避ける事が出来なかった。
肉が貫かれる音とともに槍の穂先が虎の首を貫いた。
虎は首を貫かれながらも、趙雲に圧し掛かった。
そのまま、趙雲と虎は動かなかった。
暫くすると、虎が動き出した。
というよりも、虎の下敷きとなった趙雲が押しのけたというのが正しかった。
「・・・ふぅ、少しでも槍を繰り出すのが遅れていたら、恐らく命は無かったであろうな」
動かなくなった虎を見た趙雲は息を吐きながら、自分の命がある事を喜んだ。
息を吐きながら木に背を預けたままの者の側に近付いた。
一向に動かず声をあげないので、恐怖で腰が抜けて声をあげる事が出来ないのだと判断した。
「大丈夫か? ・・・むっ、お前は‼」
趙雲は声を掛けた者を見るなり、目を見開かせた。
何故ならば、木に背を預けている者が追い駆けていた袁煕その人であったからだ。
「あ、あああ、ち、趙雲。何故、此処に?」
自分を助けてくれた者が趙雲だと分かり袁煕は喜びから恐怖のどん底に突き落とされていた。
「此処で会えたのは、正に亡き劉虞様のお導き。覚悟っ」
趙雲は槍の穂先を袁煕に突きつけた。
「・・・最早、此処までか」
袁煕は逃げられないと悟ったのか、目を瞑り全身の力を抜いた。
趙雲は槍を繰り出し、一突きで心臓を貫いた。
袁煕は口から血を吐いた後、身体を震わせた後、動かなくなった。
趙雲は剣を抜いて袁煕の首を斬り落とした。
翌日。
戦後処理をしていた曹操軍。
捕まえた捕虜や討ち取った者達が誰なのかを記録している所であった。
曹操はあげられている報告を訊きながら、ある事が気に掛かっていた。
「・・・趙雲はまだ見つからないのか?」
「はっ。未だ見つかったという報告はありません」
曹操が報告している者に訊ねたが、首を振った。
曹昂から借りた部下が行方不明となってしまったので、どうしたらいいものかと思っていた。
今も兵を捜索させているで、その者達の報告を待とうかと思っていた所に。
「失礼しますっ」
其処に護衛の兵が曹操の下に来た。
「何かあったのか?」
「はっ。趙雲殿が戻って参りました」
「ほぅ、そうか」
報告を訊いた曹操は趙雲の下に向かう事にした。
少し歩くと趙雲の下に着いた。
そして、曹操は目を剥いた。
趙雲の馬には虎の毛皮が乗せられていたからだ。
「丞相。軍を離れた事をお許しを」
「いや、別に構わんが。・・・・・・その虎の毛皮はどうやって手に入れた?」
「はっ。実は」
趙雲は虎の毛皮を手に入れた経緯を話した。
話し終えると、鞍につるした袁煕の首を見せた。
「おお、これが袁煕の首か。よくやった」
曹操は趙雲の功を褒め称えた。
(まさか、此処まで出来るとは思いもしなかったぞ)
曹操は趙雲の武勇を凄まじさに目を剥くと同時に、直臣に欲しいと思った。