道案内が居ても
曹操が街道に立てた立札を呼んだ烏垣族の者達は報告と周囲の偵察を行った。
報告に走った者達は自分達の本拠地である柳城へと向かった。
柳城は遼西郡陽楽県から数里ほど西にあった。
城内に入り立て札に書かれている事を報告すると、蹋頓を含めた全ての烏垣族の大人達と袁煕はその報告を訊いても疑っていた。
特に袁煕は曹操はずる賢い奴と思っているので、恐らくこれは自分達を騙す罠だと思った。
このまま、要道の守りをもっと固めるべきだと述べた。
蹋頓達も有り得ると思い、増援を送ろうと話していた。
そして、増援を送る準備が整い、兵を送り出そうとした所で偵察から戻って来た兵が報告した。
曰く、郡境を回ったが、何処にも曹操軍の姿は無かったと。
その報告を訊いた蹋頓達はようやく立て札に書かれている事を信じ始めた。
進軍を取りやめたと書かれているだけなので、右北平郡にある何処か県に居るのであろうが、少なくとも今すぐに攻め込んで来る事はないだろうと分かった。
そう分かったので、蹋頓達は安堵した。
曹操軍が侵攻してきたとしても、要道には兵は置いており増援の兵を送ったので問題ないと判断したからか、蹋頓達は宴を開いた。
その頃、曹操はというと。
軍勢と共に道無き道を進んでいた。
整備されていない道は地面などむき出しで、風が吹く度に砂塵が目や口や鼻に入り込んで来た。
目を細める事で砂塵は目に入らないようにしたが、口や鼻に入り込む事を防ぐ事は出来ず兵馬は咳き込んでいた。
凸凹している所為で、車の車輪が埋まり何度も足を止めさせた。
周りを見ると、群れをなす狼が曹操達をジッと見つめながら、曹操達の進軍の足に会わせながら歩いていた。
まるで、隙を見つけたら何時でも襲い掛かれる様にしている様であった。
時折、狼が吠えると兵達は怯えて足を止めさせた。
「足を止めるな! 止めれば狼の餌食になるぞ!」
部隊を指揮する部将がそう声をあげると、兵達も足を動かした。
曹操は先頭に立ちながら進んでいたが、後方に居る自軍の兵達を見た。
(かなり、疲れているな。まぁ、敵に見つからない為にはこうするしかなかったからな)
今、自分達が歩いている道を進みながら思う曹操。
曹操達が今、居る場所は幽州では無かった。今いる場所は異民族の鮮卑の領土であった。
道案内の田疇と共に間道を通った事で、烏垣族の兵に見つかる事なく進む事が出来た。
だが、間道を通り抜けたが、そこから先の道も烏垣族の兵が固めていた。
折角、敵に見つからず進む事が出来たので、このまま敵に見つからないまま進みたかった曹操はある決断をした。
『鮮卑の領地を通って行くぞっ』
曹操の宣言を聞いて、従軍している者達は目が飛び出しそうな程に驚いていた。
鮮卑は北部と東北部に存在した騎馬民族で、漢王朝に対してはあるときは反抗し、あるときは降伏して臣従するを繰り返していた。
この時代の鮮卑は幽州と并州の二州で盛んに略奪を行っていた。
漢王朝も匈奴と共に討伐軍を編制し遠征を行ったが、討伐軍は惨敗した。
だが、この時期になると鮮卑の勢力が衰えだしていた。
討伐軍を撃退した鮮卑の大人である檀石槐が四十五歳で亡くなり、その後を継いだ息子の和連が継いだが、北方を侵した際に弩の矢が当たり死亡した。
その後、檀石槐の孫の和連が後を継いだが、後に和連の子の騫曼という者と争うようになった。
現在、鮮卑は国を割って内乱状態であるので、曹操達が領地に侵入したとしても、誰も気にする者は居なかった。
鮮卑族からの干渉が無い半面、荒れ果てた道は曹操達に襲い掛かっていた。
「丞相。このまま東に進み続ければ、烏垣族の者達に見つかる事なく遼西郡に入る事が出来ます」
道案内役として側にいる田疇は地図を見ながらそう教えてくれた。
道案内役がいるので、少しだけ心強いと思う曹操。
「良し。このまま進軍するぞっ」
曹操がそう叫んで進み続けた。
後方には側室の卞蓮と子の曹彰と曹植が居るのだが、曹操は三人の事など考慮せずに道を進み続けた。
其処まで慮る余裕が無かったからだ。
曹操軍は道なき道を進み続けた。
疲れた兵が足を止めて、軍の列から離れ岩に背を預けたがその瞬間を狙っていたとばかりに狼の群れが襲い掛かった。
兵は悲鳴をあげて暴れるが、狼の群れは容赦なく襲い掛かった。
仲間の兵達も助けようと近付こうとしたが。その様子を見ていた曹操が。
「構うな! そして、見よ! 軍列から離れた者はこうなると思えっ」
曹操がそう大声で命じるので、兵達は助ける事が出来なかった。
やがて、兵は事切れて狼の食糧となった。
兵の死に方を見てか、疲れ切っていた兵達は唾を飲み込んで気を引き締めだした。
それでも、疲れで軍列から身体を休めようと足を止めたり倒れる者が出て来た。
勿論、その者達は狼の胃袋に収まって行った。
多くの犠牲を出しながらも、十数日後。曹操達は何とか鮮卑と幽州の境に辿り着く事が出来た。
曹操は息を吐いた後、軍勢と共に遼西郡へと入って行った。