地を知れば
趙雲と田疇が劉虞の墓参りに行ってから数日が経った。
その頃になると、曹操は率いて来た軍勢の編成を終えていた。
後は道案内の田疇と趙雲が戻ってくれば、出陣できた。
だが、一向に二人は姿を見せなかった。
曹操は城郭から二人がいつ来るのか待っていた。
「遅い・・・・・・」
荀攸が不機嫌な顔で呟いた。
田豊も同じ思いなのか、不機嫌そうな顔をしていた。
対して、曹操は何の問題ではないと言いたげな涼し気な顔をしていた。
「丞相。二人が戻って来たら、叱責すべきだと思います」
「同感ですな」
荀攸がそう言うと田豊も同意の声をあげた。
「まぁ、二人共。そう怒るな。わたしは別に戻って来る期限を決めていなかったからな。劉虞の事で偲び語りでもして時間が掛っているのだろう」
「丞相。此処までは郭軍師祭酒の献策で此処まで来る事が出来ました。ですが、この地から敵がいる土地は然程離れておりません。時間を置けば、敵の密偵か偵察に来た者が我らの存在を知り、守りを固めるように言うかも知れませんぞ」
「そうかもしれん。だが、今更守りを固めた所でたかが知れている。それよりも、道案内出来る者の意見を聞いて策を練るのが良いであろう」
「その道案内する者が戻ってこないので、わたしは苦言を呈しているのですっ」
普段は大人しい荀攸がそう言うという事は、田疇達が戻ってこない事に相当頭に来ている様であった。
「ははは、普段は大人しいお主がこうも激昂する姿が見られるとはな。これは、鄴に帰ったらいい土産話になりそうだ。ははは」
怒っている荀攸を見て曹操は面白そうに大笑いしていた。
荀攸は曹操の反応を見て、何か言おうと口を開きかけたが、後ろから誰かが声を掛けて来た。
「荀陵樹亭侯様。御怒りは御尤もですが。落ち着いて下さい。田疇殿も此度の戦がどれだけ重要なのか分かっております。なので、暫し御怒りお鎮め下さい」
穏やかな声をそう荀攸を宥めて来るので、曹操達は顔を向けた。
其処に居たのは年齢は四十代ほどの男性で知的な目元に柔和な顔立ちで、顎には長い髭を生やし顔には皺が幾つもあった。
身の丈は八尺ほどあった。
この男の名は斉周と言い、嘗て劉虞の従事をしていた男であった。
劉虞が死んだ後、田疇の下におり勢力拡大に助力していた。
田疇と共に曹操に協力を約束してくれたので、曹操は使えると思い自分の属官にしていた。
「斉周。お主は田疇と親しいからそう言えるだけであろう」
「確かにその通りです。ですが、田疇殿は亡き劉虞様の復讐を誓い勢力を拡大しつづけました。袁紹ですら、その勢力を恐れて懐柔しようと何度も招聘しようとしましたが、田疇は応じませんでした。亡き劉虞様への忠義の為に。その事から、田疇殿は此度の戦には誰よりも意気込んでいるのです」
「・・・・・・どんなに意気込んでいようと遅れれば」
斉周の話を聞いて荀攸は話していたが、城門へと通じる道に砂埃が立ったのが見えた。
曹操達は目を凝らしてみると、砂埃を立てているのは騎馬に乗っている者達であった。
一人は趙雲で、もう一人は当然田疇であった。
「荀攸。今は叱責する時間も惜しい。直ぐに全軍に出陣の用意をさせよっ」
「・・・はっ」
曹操がそう命じるので、荀攸は不満を胸の中に納めた。
趙雲達は曹操の下に赴くと、帰還が遅れた事を詫びた。
曹操は気にした様子もなく『此度の戦で功績を立てて報いよ』と言うだけであった。
趙雲達はその言葉が激励だと思い、深く頭を下げて『承知しました』と答えた。
既に準備は整っていたので、曹操軍は直ぐに出陣した。
無終県を出陣した曹操軍は風の如く駆け抜けた。
休憩を碌に取らずに駆け続けていく。
数日程すると、曹操軍は右北平郡と遼西郡の郡境にまでたどり着いた。
曹操は街道はどういう状況なのか知る為に偵察を放った。
暫くすると、偵察に出した兵が戻って来た。
「申し上げます。進軍に使う主要要道が全て道が塞がれるか、部隊を駐屯させて進む事を困難にしております!」
偵察に出た兵が全てそう報告するのを聞いた曹操は暫し口を閉ざした。
「塞がれている道は使えないとして、部隊が居る道を攻めれば、烏垣共に知られて守りを固められるか」
どうした物かと悩んだが、直ぐに田疇に相談する事にした。
「・・・・・・数百年以上前に崩落して使われなくなった間道があります。其処を使うのが良いと思います。烏垣達もその道を今は使っておりませんので。ただし、その分、道は荒れており整備しながら進む事になりますが」
暫し考えた田疇がこういう道があると教えると、曹操は顔を輝かせた。
「そんな道があるのか。良し、その道を使うぞっ」
「わたしが先行して道の整備を行います。五百ほど下され」
「分かった。任せたぞ」
「承知しました」
曹操の命を受けた田疇は五百の兵を率いて今は使われていない間道へと向かった。
曹操は間道を使う事が敵に知られるかもしれないと思い、兵に全ての街道のある立て札を立てるように命じた。
命じられた兵はその立札を持って、街道の入り口に立てた。
『兵糧が尽きた為、秋冬になるまで進軍は取り止める』という事が書かれていた。