墓参り
曹操が無終県に着き、兵馬の休憩をとっていた。
そんなある日。ある人物が数百騎の兵と共に曹操のもとに来た。
「漁陽太守鮮于輔の家臣。田豫。字は国譲と申します。我が主の命により、援軍に参りましたっ」
「おお、良く来てくれた」
城内にある大広間にて、曹操と対面する田豫。
跪きつつ、名乗り上げるのを聞いて曹操は歓待した。
「援軍にも来てくれる事には嬉しく思う。この戦が終わり次第、お主にもお主の主にも恩賞を与えようぞ」
「感謝します」
曹操が恩賞を渡すと約束すると、田豫は頭を下げて感謝の言葉を述べた。
「時に田豫よ。此処から先は烏垣が支配する土地だが、誰か土地勘がある者はおらぬか?」
無終県まで駆けて来たが、此処から先は敵地である以上、土地勘がある者が居た方が心強いと思い訊ねた曹操。
田豫は暫し考えた後、誰か思いついたのか顔を明るくした。
「おります。それに、丁度この近くの山におりますぞ」
「ほぅ、それはどんな人物だ?」
「はい。田疇。字を子泰と言いまして、嘗て劉虞に仕えていた者です」
「劉虞に。そやつは何処にいるのだ?」
「劉虞が殺された後、この県の近くの徐無山に一族郎党数百人を全て引き連れ隠棲したのです。ですが、田疇の人徳を慕って多くの人や劉虞の旧臣達が集まり、数年のうちに家々が五千軒以上に膨れ上がりました。指導者に推挙された田疇は、袁紹への復讐計画を表明し、皆からその同意を得ました。やがて田疇が暮らしている集落は北方地帯を服従させ、烏桓・鮮卑が使節を派遣して誼を通じようとする程の勢力となったのです」
「それは凄い人徳だな。袁紹は何かしなかったのか?」
「袁紹もその噂を聞いて、兵を送るか懐柔するか考えた後、懐柔する事にしたそうです。何度も自分の幕下に招聘したそうですが、全て固辞したそうです」
「中々に骨がありそうだな。よし、田豫。お主がその田疇の下に赴き、我が下に来るように説得せよ」
「承知しました」
曹操の命令を聞いて、田豫は一礼しその場を離れた。
数騎の護衛を連れて徐無山へと向かった。
数日程すると、田豫が送って来た使者が曹操の下に来た。
使者曰く、話を聞いた田疇は山で暮らしている者達と共に袁煕討伐に御助力すると申し、こちらに向かっていると。
その話を聞いた曹操は手を叩いて喜んでいた。
それから、数日程すると、田疇は騎兵歩兵合わせて数千の兵を率いて無終県に着いた。
城内に入ると田疇は曹操に率いて来た兵を献上し、自分は道案内役として先頭に立つと述べた。
曹操は田疇に礼を述べて、後日この礼に対する褒美を渡すと約束した。
新しく田疇が率いて来た軍勢が加わった事で、曹操軍は編成する事となった。
編成が終わるまで出陣は無い為、趙雲は鍛練に励んでいた。
「ふっ、ふっ、はっ、はっ」
構えている槍を突き出したり、敵の攻撃に対処できる様に動かしていた。
何時から振るっているか分からないが、趙雲の額から汗が流れているので、長い時間鍛練していたようだ。
趙雲が何かに意気込んでいる様子であった。
そんな趙雲に誰かが近づいて来た。
足音が聞こえる方に目を向ける趙雲。だが、直ぐに誰が近づいて来たのか分かり構えを解いた。
「田疇殿。お久しぶりですな」
「趙雲殿も息災で何よりだ」
鍛練している趙雲に声を掛けて来たのは田疇であった。
「その槍の冴え。いつ見ても凄まじいですな」
「ありがとうございます。わたしに出来る事がこれぐらいですので、だから鍛えているだけです」
「御謙遜を。趙雲子竜の威名はこの地にまで聞こえておりますよ」
「さようですか。とは言っても」
田疇が称えても、趙雲は暗い顔をしていた。
「・・・・・・劉虞様をお助けする事ができませんでした」
趙雲がそうポツリと零すと、田疇は失言とばかりに、手で口を塞いだ。
「其方は喪に服していたのだ。これは流石に仕方がない事でしょう」
「その通りではあります。ですが、わたしにもっと力があればと思うと」
趙雲は槍を握りながら、劉虞が討たれた事を悔いている様であった。
「・・・あの世に居る劉虞様も死してなお、そう思っている者が居て嬉しく思っているであろうな」
「だと嬉しいのですが」
「ああ、そうだ。話していて、貴殿を訪ねた訳を忘れる所であった」
「何かありましたか?」
「うむ。実はな、わたし達が住んでいた徐無山には劉虞様のお墓があるのだ」
「何と⁉」
「袁紹が朝廷に送ろうとしたので、わたしが奪って一族の方々と共に葬ったのだ。この戦が終わった後にでも、供に墓参りをしようぞ」
「・・・・・・いえ、これから参りましょう」
「しかし、編成が終われば、直ぐにでも出陣となるぞ。流石にそんな暇は」
「丞相に一言言えば大丈夫でしょう。どうか、劉虞様方のお墓に案内を」
「・・・承知した」
趙雲が強く言うのを聞いた田疇は案内する事を了承した。
旅立つ前に、趙雲は曹操に軍から離れる許可を貰える様に話した。
話を聞いた田豊や荀攸などはそんな事が認められないとばかりに怒るが。曹操は。
『ふむ。亡き主君の墓参りに行くというか。良かろう、だが出来るだけ早く戻って来るのだぞ』
曹操は快く許可した。
趙雲は感謝を述べた後、田疇と共に劉虞の墓がある徐無山へと向かった。
墓に着くと、趙雲はその場で額づいた。
「申し訳ありません。殿、この趙雲は主の仇を討つ事が出来ない不忠者にございます。ですが、此度の戦にて必ずや袁煕めの首を取り、墓前に供える事を誓います」
趙雲は額づきながらそう誓うのであった。