何か心配になってきた
許攸が何者かに殺された二日後。
曹操から呼び出しを受けた曹昂は曹操の下へと向かっていた。
曹操が居る部屋に着くと、護衛の許褚が出迎えてくれた。
「父上はおられるか?」
「はっ。少々お待ちを」
許褚は一礼しその場を離れ部屋に入ると、直ぐに戻って来た。
「どうぞ。お入りください」
許褚に促され、曹昂は部屋に入って行った。
部屋に入ると、曹操が一人だけ居た。
「父上。お呼びとの事で参りました」
「うむ」
曹昂が一礼すると、曹操は鷹揚に頷いた。
そして、曹操は無言で曹昂を見た。
「何か?」
「……許攸が殺された事は知っているな?」
「はい。父上の旧友だったそうですね。ご家族は全員亡くなっているそうで」
曹操の問いかけに曹昂は可哀そうな顔をしながら述べた。
許攸の家族は袁尚が袁譚から鄴を奪還した後、審配が許攸が敵に降ったという理由で処刑されていた。
その為、許攸の遺体を誰も引き取る者が居なかった。
「まぁ、墓を建てて朝廷に功績を記すように上奏したから、あいつもあの世で喜んでいるだろう」
曹操は遠い目をしながら呟いた。
許攸の事を思い出しているのだろうと察した曹昂は何も言わなかった。
昔に思いをはせていたが直ぐに切り替える曹操。
「犯人が未だに見つからんが。心当たりはないか?」
「無いです。死者に対して悪口は言いたくありませんが、許攸は家臣達から嫌われていましたし、官渡の戦いで捕虜の生き埋めを命じて行ったという事も鄴に居る民達には知れ渡っています。捕虜の遺族が恨んで殺したのか、それとも日頃の許攸の態度に腹が立った家臣の誰かが密かに殺したのかも知れませんね」
曹昂は殺される理由を述べると、曹操は何も言わなかった。
「そうか。まぁ、犯人は見つからんから、何か心当たりがないかと思ってきいただけだ。暫く探させるが、わたしが遠征に行った後、見つからなければ、お前の判断で調べるのを止めろ」
「・・・・・・それは犯人が見つからなくても良いという事ですか?」
「そう聞こえたのであれば、そうするがいい」
「承知しました・・・・・・」
曹操の命令を聞いた曹昂は内心で、暗殺した事がバレているのかも知れないなと思い返事をした。
「本日はそれだけを訊ねに呼んだのですか?」
「いや、少し待て。もう少ししたら来るだろうから」
曹昂は呼び出した理由を訊ねると、曹操は少し待てと言うので、他にも誰かを呼んでいるのだと分かり、誰を呼んだのか気になっていた。
少し待っていると、許褚が部屋に入って来て、曹操と曹昂に一礼した。
「申し上げます。卞夫人と御子息の方々が参りました」
「そうか。通せ」
「はっ」
許褚は一礼した後、部屋を出て行った。
「父上。夫人と弟達と何の話をするのですか?」
「来たら話す」
曹操がそう言うので、曹昂は何の目的で呼んだのか余計に分からなくなった。
少しすると、卞蓮と共に曹丕、曹彰、曹植の三人が部屋に入って来た。
「旦那様。お呼びとの事で参りました。あら、子脩も呼ばれたの?」
「はい。その通りです」
卞蓮は曹昂が居るのを見て、何事?という顔をしていた。
「良く来てくれた。蓮。丕、彰、植」
曹操は卞蓮と曹丕達に声を掛けて行く。
「皆に来て貰ったのは他でもない。わたしは袁煕を討伐する為、遼西まで遠征に向かう」
曹操は既に皆は知っている事を話すのは、話の呼び水にする為に話した。
「それは聞いているわ。それで、わたし達を呼んだ理由は?」
「うむ。子脩と曹丕は鄴に残り留守を預かってもらう」
曹操がそう言うのを聞いて、遠征に行く事を伝える為に呼んだのだと曹昂は分かった。
「承知しました」
「丕も兄上の補佐をせよ」
「はいっ」
曹丕の元気のよい返事を聞いた曹操は曹彰と曹植を見る。
「彰と植はわたしと共に遠征に付いて来い」
「えっ⁉」
曹操の口から出た言葉に、曹昂はギョッとしていた。
「僕達がですか?」
「うむ。戦場とはどんなものか見るのに丁度良いであろう。蓮はどうする?」
「勿論、旦那様に付いて行くわ」
「そうか。では、彰、植。準備を」
「ちょ、ちょっとお待ちを」
曹操が話している中で、曹昂が口を挟んで来た。
「何だ。子脩?」
「遠征に行く事は反対しませんでしたが、まだ幼い弟達を連れて行かなくても良いと思います」
今回の遠征が大変厳しいものだと知っている曹昂は弟達を連れて行かなくても良いのではと思い言うが、曹操は呆れたように息を吐いた。
「此度の目的である戦場とはどういう所なのか教えるには、遠征に連れて行くのが一番であろう」
「そうかも知れませんが。彰達は少々若すぎると思うのですが」
「何を言う。お前は九歳の時に戦場を経験したであろう。それと同じようなものだ」
「しかし」
「もう決めた事だ。二人もそれでよいな?」
曹操が曹彰達を見ながら言うと、二人は。
「はいっ。分かりましたっ」
「よ~し、腕が鳴るぞっ」
弟達が意気込むのを見て、曹昂は今回の遠征が心配になってきたのであった。