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人品の差

 鄴城内では多くの者達が遠征の準備の為に走り回っていた。

 曹操と共に付いて行く者の選抜だけではなく、兵糧運搬計画の立案も行われていた。

 そちらに関しては董昭が中心となり計画されていた。

 曹昂は曹操が居ない間の鄴の留守役を任されていた為、特にする事は無かった。

(そう言えば、手に入れた文箱を父上に見せていなかったな)

 鄴攻略の際に手に入れた文箱の事を思い出す曹昂。

 文箱の中はざっと見た所、朝廷に仕えている大臣や将軍達が袁紹宛てに書いた物であった。

 曹昂はその文箱がある倉庫に行く為、廊下を歩いていると。

「丞相はあの者には何の処罰も与えないのかっ」

「丞相の旧友という話だからな。加えて、官渡の戦いではあやつの功績で勝つ事が出来たので、丞相も困っているのだろう」

 廊下の先でそう話すのが聞こえてきた。

 曹昂は何の話なのか気になり、壁に寄り耳を傾けた。

「そうは言うがっ。あやつはその後、何の功も立てておらぬであろう。そんな奴があの様な事を言うとはっ」

「全くだ。丞相が鄴に入った時、あやつは左右にいた者に『曹阿瞞がわしを手に入れられなかったら、この門を出入りできなかっただろう』と自慢したそうだぞ」

「度し難いとは正にこの事だ」

「その通りだな」

 話をしていた者達は話すのを止めて、何処かに歩いて行った。

 廊下から顔を出して誰も居ない事を確認すると、曹昂は溜め息を吐いた。

(さっきの人達が話していたあやつと言うのは恐らく、許攸の事だろうな。まぁ、今まで碌な功績を立てる事が出来なかったから、功績を自慢したい気持ちは分かるけどね)

 とは言え、友人とは言え立場を考えて欲しいと思う曹昂。

「やれやれ、狡兎死して良狗烹られ、高鳥尽きて両弓蔵われ、敵国破れて謀臣亡ぶという言葉を知らない様だな」

 父曹操の旧友なので助けるべきかと考える曹昂。

「・・・・・・助けた所で、大した利益は無いな。むしろ、こちらの陣営に居たら袁紹を裏切った様な事をする可能性があるな。そうなる前に」

 そう判断した曹昂は暗殺する事に決めた。

「とは言え、功績を立てた事には変わりない。処刑すると外聞が悪いからな・・・・・・ああ、そうだ」

 許攸の事を考えていると、曹昂はある事を思い出した。

 それは官渡の戦いで勝利した後、多くの捕虜を手に入れたが、許昌に帰還するまで兵糧が持たない為に生き埋めにしたという事であった。

 その生き埋めを強く進言したのも行ったのも許攸と言う話であった事を思い出したのであった。

「城内の民に噂を流せば良いか。曹操は官渡の戦いで得た捕虜を殺すつもりは無かったが、許攸が生き埋めにする様に強く進言し、生き埋めの指揮を執ったと。そして、三毒に殺させればいいか」

 鄴内に居る民の中には官渡の戦いで一族の者達を殺された者達は居る筈なので、効果的だと思う曹昂。

 文箱を届け終えたら実行しようと決め、倉庫へと向かっていく。


 倉庫に辿り着き、錠が掛かった文箱を兵に持たせて曹操が居る部屋へと向かった曹昂。

 部屋の前に居る護衛の典韋に来訪を告げたが、その際、典韋は困った様な顔をしだした。

「どうかしたのか?」

「ああ、いえ。少々お待ちを」

 曹昂が訊ねても、典韋は言葉を濁すだけあった。

 典韋が部屋に入って行ったが、暫く経っても戻って来る様子を見せなかった。

 部屋の中から話し声が聞こえるので居る事は確かなようであったが、曹昂は首を傾げるしかなかった。

(何故、部屋に入れないんだ?)

 曹昂が不思議に思っていると、典韋が部屋から戻って来た。

「どうぞ。丞相がお待ちです」

「ああ、分かった」

 典韋が入っても良いと言うので、曹昂は兵と共に部屋に入った。

 部屋に入ると、座席に座る曹操の前に男が一人居る事が分かった。

 男は曹昂を見るなり、少し怯えた顔をしつつ頭を下げて来た。

(うん? 陳琳じゃないか。でも、なんか怯えられているけど? 何で?)

 男が陳琳だと分かったが、曹昂からしたら何故怯えられているのか分からず首を傾げるしかなかった。

 鄴攻略した際、多くの文官達が降伏した。

 勿論、その中には陳琳も居た。

 曹昂としては、曾祖父と祖父を貶される檄文を書いた者だと分かっているが、特に害する気は無かった。

 だが、陳琳からしたら噂で曹親子が自分が書いた檄文で激怒していると風の噂で知っていた。

 今、曹操とまみえた際も檄文を誉めた後に。

『わたしだけでは無く、なぜわしの祖父や父まで辱める必要があったのだ?』

『・・・申し上げます。あの檄文は袁紹の命令で書いた物です。あの時のわたしは袁紹の家臣です。主の命とあれば、持てる才を全て使い筆を取る事しか出来ませんでした。引き絞った矢は射ぬわけにはいきませぬ』

『ははは、成程な。矢を放つと決めた以上は射らねばならん。即ち、檄文を書くと決めた以上は、徹底してやるという事か』

 陳琳の返しを聞いて曹操は笑った。

 その後、配下になるように声を掛けられたので、安堵した矢先に曹昂が来たのであった。

 曹操も陳琳も来ると思っていなかったので、少し当惑していたが、何とか平静を保つ様に出来た。

「子脩。何用で参った」

「父上にお見せしたい物がありまして、それを献上に参りました」

 曹操に訊ねられた曹昂は来た理由を話した後、陳琳を見た。

 視線を感じた陳琳は頭を下げつつ、冷や汗を流していた。

「ああ、おほん。子脩よ。陳琳の事だが、わたしに降る事になったぞ。家臣になる以上、何かと顔を見せる事もあろう。共にわたしの覇業の手助けをせよ」

 曹操は咳払いした後、陳琳が配下に加わったと告げた。

 そして、暗に害する事はするなよ?と言うのであった。

「承知しました。陳琳殿。これからもどうかよろしくお願いします」

 曹昂が頭を下げるので、曹操達はこれで害される事は無くなったと安堵していた。

「父上。それよりも、こちらを」

 曹昂は手で合図を送ると、後ろにいた兵達が錠が掛かった文箱を曹操の前に置いた。

 曹昂は懐に手を入れると鍵を取り出して錠を開けて蓋を開くと、大量の書簡が入っていた。

「何だ。この書簡の山は?」

「朝廷に仕える者達が袁紹宛てに書いた書簡です。どう処分するかは父上が決めた方が良いと思い、今まで倉庫の中に入れておりました」

「ふん、そんな物があったのか」

 鼻を鳴らした曹操は文箱を見たが、書簡に手を伸ばす事はしなかった。

「最早、袁紹はおらん。こんな物は無用だ。一つ残さず焼いてしまえ。人目がある所で盛大にな」

「・・・承知しました」

 曹操が燃やせというので、曹昂はその命令に従った。

 兵に文箱を持たせて曹昂は一礼して出て行こうとした所を。

「待て。子脩」

「まだ、何か?」

「いや、少し気になった事があったのでな」

 曹操が呼び止めるので、曹昂は何かあるのかと思いつつ足を止めた。

「お前、良く陳琳を処刑しなかったな」

 曹操は曹昂が陳琳を見つけたら八つ裂きにするのではと思っていたがしなかったので、些か腑に落ちなかった。

 それだけ、官渡の戦いが始まる前に行った軍議の時の姿が恐ろしかったからであった。

「勝手に処刑をしますと、父上が怒ると思いまして」

 曹昂は、曾祖父と祖父を貶した檄文については思う所はあるが、袁紹に勝ったので水に流しても良いかと思い述べた。

「そ、そうか。お前が父親思いの子で良かったと思うぞ」

 曹操と陳琳は、父の手前処刑しないが、まだ怒っているという意味で受け取っていた。

「? はぁ。私はこれで」

 曹昂は曹操と陳琳に一礼した後、部屋を出て行った。

 部屋に残った曹操達は思わず息を漏らしていた。

「・・・・・祖父様と父は初めて出来た曾孫と孫という事であ奴を可愛がっていてな。子脩も二人をかなり慕っていたのだ」

「そ、そうでしたか。そうとは知らず。大変失礼な事を」

「良い。袁紹の命令でもあったのだ。気にするでない。ただ、まぁ、あれだ」

「はい。子脩様については、御怒りが解けるように頑張ります」

 陳琳はでないと、命の保証が無いと思い頑張る事にした。


 数日後。


 曹昂が許攸が官渡の戦いで行った事を噂で流し出していた。

 そんなある日。鄴県内にある路地で許攸の死体が見つかった。

 許攸を殺した者は相当恨んでいたのか、死体には複数の刺し傷が見つかった。

 他の家臣達も許攸が死んだと聞いても、誰も悲しむ者は居なかった。

 報告を受けた曹操は許攸を殺した者を探したが、犯人は見つかる事は無かった。

 その後、曹操は許攸の墓を建てて、朝廷に許攸の功績を記すように上奏した。

 それが終わると、遠征の準備に取り掛かった。

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