遠征には反対しませんが
幽州で内乱が起きて数日後。
高幹と呼厨泉が曹操の下に赴き降伏を申し出た。
曹操は并州は元々并州を治めている者に任せた方が良いと判断して、そのまま高幹を并州州牧に任じた。
その数日後。
幽州は袁煕を追い出した焦触が治めていたが、直ぐに曹操に降伏を申し出た。
曹操はその降伏を受け入れ、焦触と張南を列侯に封じた。
それから更に十数日後。
鄴内の政庁。
曹昂から政務の受け継ぎをした曹操が政務に励んでいると、ある情報が耳に入った。
「なに、袁煕が何処にいるのか分かっただと?」
幽州を追われた袁煕の生存を調べさせていた所、その袁煕が何処にいるのか分かり曹操は獲物を見つけた狩人の様な目をしていた。
「ようやく見つかったか。して、何処にいるのだ?」
曹操が尋ねると、報告した兵は答えた。
「遼西の地にございます。袁煕は烏桓の大人(部族長)である蹋頓の下に身を寄せております」
報告を訊いた曹操は直ぐに返答できなかった。
「ご苦労。下がれ」
「はっ」
曹操は報告してくれた兵を労い下がらせた。
兵がその場を出て行くと、曹操は傍にいる者を見た。
「軍議を開く。皆は大広間に集まるように伝えよ」
「はっ」
曹操の命に従い、その者は一礼し部屋を出て行った。
暫くすると、大広間にて曹昂他主だった家臣が集められた。
「報告によると、袁煕は遼西の地に居るそうだ。遼西には烏桓がおる。袁煕めは烏桓の力を借りて奪われた領地の奪回を狙っているのであろう。これは捨て置けぬ。袁煕の討伐に向かうぞ」
曹操が袁煕を討伐すると告げると、家臣達はざわつきだした。
そんな中で夏候惇が前に出た。
「丞相。遼西はこの鄴よりも遠い地にございます。我らは遠征してこの地まで参りました。その上、また遠征となれば兵馬は疲れ果てて使い物になりません」
「夏候惇殿の申す通りです。加えて、その様な僻地まで向かえば、劉表や孫権が我らの領地に攻め込んで来るかもしれません」
「そうです。袁煕が蛮族共の下に身を寄せた所で、奴らが袁煕の為に戦う訳がありません」
夏候惇の言葉に続くように家臣達は遼西の地に向かう事を反対した。
そんな中で郭嘉が語りだした。
「今、袁煕を討たねば、烏桓どもは兵を集め冀州に攻め込んで来るでしょう。此処は遼西へと向かい、袁煕の首を取り禍根を断ちましょう。今、討たねば平定するのに時が掛かります」
郭嘉がそう発言すると、夏候惇が口を挟んだ。
「しかし、郭嘉。許昌が空同然だと劉備が知れば、劉表を説得して攻め込んでくるやもしれんぞ。孫権めも我らが遠征していた時に攻めこんできたではないか」
夏候惇の懸念を聞いた郭嘉は問題ないとばかりに笑った。
「劉表に劉備を使いこなす事はできません。孫権には陳登を当たらせれば十分です。そんな者達を気にするよりも袁紹の恩義を受けてた烏桓どもに我らの力を見せつけて屈服させましょうぞ」
「うむ。郭嘉のいう通りだ。皆、遠征の準備をせよ‼」
曹操の懸念は郭嘉の言葉で打ち消されたので、曹操は遠征を行うと宣言した。
他の者達もその言葉に従い準備に取り掛かろうとしたが。
「お待ちください。父上」
そんな中で曹昂が声をあげた。
「子脩か。どうした? お前は遠征に反対か?」
「遠征に向かうのは構いません。ですが、わたしは別の事で懸念があります」
曹昂が懸念があると聞いて、家臣達はざわつきだした。
「懸念とな。どんな懸念だ?」
曹操としては許昌が襲われるという懸念が無くなった時点でもう無いと思っていたが、曹昂が言う懸念とは何なのか分からなかった。
「はい。并州に居る高幹の事にございます」
「ふむ。あやつはこの前、降伏したばかりだが?」
「その降伏こそ本当に降伏したのかどうかも分かりません。我らが遠征に向かった途端、鄴に攻め込んでくるかもしれません。何せ、父上は高幹にとって伯父の仇ですから。加えて言えば、張繍の事をお忘れで? あやつも一度降伏しましたが、色々な経緯があったとは言え、我らに襲い掛かって来ました」
「むっ」
曹昂にそう言われて、曹操は顔をむくれさせていた。
と同時に偶然なのか家臣達の中にいる張繡と視線が合った。
張繡は身体をビクリと震わせた後、目を逸らした。
「・・・・・・では、お前は高幹をどうしたら良いと言うのだ?」
「父上が遠征に向かうのは構いません。ですが、どなたか智謀に長けた方々を置いて行ってください。例えば、そうですね。・・・・・・郭軍師祭酒と沮授殿の御二人を」
「なに、郭嘉と沮授をだと?」
これから遠征に軍略で相談したい時に郭嘉が必要だというのに置いて行く事に曹操は嫌そうな顔をしていた。
「代わりにわたしの家臣の趙雲と張燕をお貸しします。遠征は智謀よりも武勇が必要ですので」
「ほぅ、何故そう言える?」
曹昂の話を聞いて疑問に思い曹操が尋ねた。
曹昂が話をする前に後ろを振り向き手を掲げると、控えていた護衛の兵達が手に巻物を持ってやって来た。
その巻物を上へと広げると、巻物には幽州一帯の地図が描かれていた。
曹昂は兵から棒を受け取ると、その棒で地図を叩いた。
「我らが居るのは鄴にございます。そして、烏桓族の本拠地である柳城は此処です」
現在地と目的地を示す曹昂。
「距離は測ってないので分かりませんが、途中で幽州の何処かの県を拠点とするとして、其処から低地を進めば、敵は備えなどする暇も無く打ち破る事が出来ます。雨期であれば、道が泥でぬかるんで通行困難になるでしょうが。まだ春ですので問題は無いでしょう」
「ふむ。其処は分かった。それで、どうして武勇が必要なのだ?」
「烏桓族に我らの力を見せつけるには、やはり武勇を見せつけるのが一番ですから」
「それは分かったが。郭嘉と沮授は何の為に残すのだ?」
「高幹を討ち、并州を信頼できる者に任せたいと思うのです」
「具体的にはどうするのだ?」
曹操が尋ねると、曹昂は高幹をどうするのか話した。
話を聞いた曹操はどうして郭嘉と沮授が必要なのか分かった。
「話は分かった。それで并州が手に入るのであれば良い。しかし」
曹操は曹昂を見ると笑った。
「お前もわたしに似て悪知恵が働くようになったな。まぁ、わたしの息子なのだから当然か」
「・・・・・・父上とは其処まで似てないと思います」
「何を言う。わたしと同じように人妻を奪って囲っているだろうに」
曹操がそう言うのを聞いて曹昂は言葉を詰まらせた。
聞いた夏候惇も「やっぱり、孟徳の息子か」と小声でボソリと呟いた。