人の上に立つ器量の差
曹操が鄴に到着した頃。
幽州広陽郡薊県。
その城内には袁煕の姿があった。
「なにっ⁉ 曹昂に攻められ鄴は陥落し、袁尚は首を斬られただとっ」
「はっ。重臣の審配の首と共に晒し首にされているそうです」
鄴に放っている密偵からの報告を訊いた部下の韓珩の話を袁煕は驚きと喜びが同時に感じていた。
「まさか、鄴を落せるとは。だが、これで父上の息子で残っているのはわたしだけか」
そう思うと、口元が笑みを浮かべる袁煕。
「側室の子供という事で、袁家の当主にはなれるとは思わなかったが・・・・・・ふ、ふふふ、はははははは」
人に見られているのも構わず笑う袁煕。
袁煕は暫く笑っていたが、韓珩に見られている事に気付き咳払いをした。
「おほん。それで、今曹昂はどうしている?」
「・・・はっ。今鄴で内政を行い、城内の治安を安定させているそうです」
「そうか。それが終われば、こちらに攻め込んで来るであろうな」
「殿はどうするおつもりで?」
韓珩は袁煕が身の振り方をどうするつもりなのか訊ねた。
「決まっている。敵は袁家を滅ぼすつもりなのだ。であれば、徹底抗戦しかなかろうっ」
袁煕は断言した。
数日前に曹昂が送って来た使者が自分の下に来た。
その使者が持って来た文には降伏すれば命だけは助けると書かれていたが、袁煕は突っぱねた。
「そもそも、我が妻を奪った者に降伏するなど、誰が出来るものかっ。そんな屈辱に塗れてまで曹操の風下に立つつもりはないっ」
袁煕は妻の甄洛が何処にいるのか分からなかったが、恐らく曹操の下に居るのだろうと予想していた。
「気持ちは分かりますが、今は御家の存続を図るべきです。袁尚様もそう考えて、殿の妻を奪ったのですから。まぁ、殺された所を見ますと、利用するだけ利用されただけなのかもしれませんが」
「ふん。袁尚と曹操が戦う事になった経緯は分からんが、恐らく欲をかいて怒らせたのであろう。だが、わたしはそんな事はせん。曹操をこの手で打ち倒してくれるわ!」
袁煕は自信ありげに言うが、韓珩からしたら正気か?という思いしかなかった。
「しかし、我らは先の鄴攻めで兵と武具を失いました。曹昂軍との数の差はあまりに大きすぎます」
「そんなもの、高幹と手を結べばどうとでもなるわ」
袁煕がもう戦う事を決めたので、韓珩はもう何も言わなかった。
その数日後。
袁煕配下の武将である張南と焦触が叛旗を翻した。
二人は袁煕の曹操への対応を韓珩から聞いた様で、最早ついていけぬと思い兵を挙げたのであった。
二人の反乱に幽州の多くの郡と県がその反乱に加わった。
袁煕はその反乱軍に対抗する事が出来ず、家臣の韓珩と信頼できる者達を連れて、何処かに逃亡する事となった。
同じ頃。
并州に居る高幹はある決断をしていた。
「曹操に降伏する。異論がある者はいるか?」
城内の大広間にてそう宣言する高幹。
家臣達は誰も反対の意見を述べる事は無かった。
その席には匈奴単于である呼廚泉の姿もあった。
「高幹殿がそう決めたのであれば、わたしは何も文句はない。共に曹操の下に行こうぞ」
「うむ。伯父上の仇に降るのは少々癪に障るが。これも御家の為だ。我慢するしかない。呼廚泉殿。共に参ろうぞ」
「はっ。承知した」
呼廚泉は高幹と共に向かうと告げた。