栄耀栄華
劉弁の年齢には複数の説がありますが、本作では十四歳とします
霊帝崩御。
その話は直ぐに巷へと広まった。
喪主は霊帝の生母である董太后が務める事になった。
だが、問題なのは次の皇帝は誰にするかであった。
霊帝は亡くなるまで遺詔を書く事はなかった。その為、誰が後を継ぐのか決まっていなかった。
蹇碩は霊帝が亡くなった事でこれ幸いと何進を呼び出し、そして暗殺する事に決めた。
「潘隠」
「はっ」
蹇碩は傍に居る『西園軍』の司馬という兵員管理を担当する職に就いている潘隠に声を掛ける。
「大将軍の屋敷に向かい、今後の事を話し合うので至急、宮殿に来られたしと伝えに行け」
「畏まりました」
潘隠は一礼してその場を離れて行った。
「ふふふ、これでようやくあの成り上がりの肉屋の顔を見る事が無くなる」
潘隠が見えなくなると笑みを浮かべながら呟く蹇碩。
企みはまだ果たしていないのに上手くいったかの様に。
少しして何進の屋敷では。
「なにぃ、蹇碩が私を暗殺しようとしているだと⁉」
潘隠を部屋に迎えて話を聞いた何進は話を聞くなり怒りのあまり椅子から立ち上がる。
「はっ。ですので、今王宮に向かうのは危険です。向かわない方が得策かと」
潘隠は何進にそう親告する。
この潘隠は何進が『西園軍』の内情を調べる為に送り込んだ者だ。
なので、何進に蹇碩の計画を話す事に何ら問題は無かった。
「ぬうっ。宦官め。そうと分かれば行かなくても良いが。問題はこの後はどうするかだな」
何進の中では兵を集めて宮殿に乗り込んで宦官共を抹殺するか、それとも蹇碩を取り除いて自分が権力を手に入れるかの二つの方法が頭の中にあった。
とりあえず、一人で考えても仕方が無いので義理の弟と信頼できる者達を呼び寄せる事にした。
少しすると、何進の屋敷には何苗と袁紹の他に数人の部下が集められた。
その中には呉匡、袁術、曹操と後に曹操の参謀となる荀攸の姿もあった。
「皆、良く集まった。既に知っていると思うが。霊帝陛下が亡くなられた」
何進が言葉を区切り集めた者達の顔を見る。
皆、既に知っているという顔をしていた。
そんな事を言うのは、単に段階を踏んで話をする為だ。
「そして、あろう事か霊帝陛下が亡くなったのを好機と見てか、十常侍の蹇碩が儂を暗殺する為に宮中に呼び寄せようとしおった」
それを訊いて流石に皆は顔色を変える。
何進は気にせず話を続ける。
「其処で皆、相談したい。儂はこれからどうしたら良いと思う?」
「どうとは?」
「兵を集めて宮中に攻め込み、宦官共を皆殺しにするか、又は蹇碩だけを取り除くべきか。皆の意見を聞きたい」
何進がそう言うと、集めた者達の中から袁紹が立ち上がる。
「将軍。向こうが暗殺を仕掛けて来るのでしたら、こちらは兵を集めて宮中に乗り込んで宦官共を皆殺しにするべきです!」
袁紹は兵を集めるべきと言う。
「そうだ。今すぐに兵を集めて宮中に乗り込むべきだ!」
呉匡他数名の部下達が賛同の声を挙げた。
それを訊いて何進はそちらに気持ちを傾けたが、
「いや、此処は蹇碩を取り除き然る後に邪魔になる者共を排除していけばいい」
曹操が蹇碩を取り除いて、そうしてから邪魔になる者を排除するべきだと言う。
「うむ。私もそれに賛成だ」
「私も」
曹操の意見に袁術と荀攸が賛成した。
「何を温い事を言う。曹操。此処で宦官共を皆殺しにしなければ、後々の災いとなるであろう‼」
「宦官は後宮を維持する為には必要な存在だ。我々の邪魔になる者を取り除けば特に問題はないであろう」
「いや。誰が十常侍の影響を受けているか分からない以上、皆殺しにするのが妥当だっ」
「宮殿を血で染める気か? そんな事をしたら劉弁皇子の名に傷がつくぞ」
曹操と袁紹を中心にした喧々諤々な口論が始まった。
二つの意見を聞いて何進は悩んだ。
(ぬう、どちらの意見も一理ある。う~ん。どちらを選ぶべきか……)
意見が割れている以上、決めるのは自分だと分かっているので考える何進。
そんな何進に何苗が耳打ちする。
「兄者。此処は蹇碩を取り除き然る後に邪魔になる者共を排除していけば良いと、私は思うぞ」
「何故だ。弟よ」
「もし、此処で宦官を皆殺しにしたら十常侍も全員、殺すと言う事になる。そうなったら我らの妹である皇后様はどうやって後宮を纏めるのだ?」
もし劉弁が帝位に就いたら、何皇后は皇帝の母親という事と劉弁がまだ成人していないので何皇后が垂簾政治を行う事となる。
その権限は絶大ではあるのだが、その為には基盤が必要であった。
何進、何苗の二人が軍権を握っているので軍事基盤はあるが、政治基盤が無かった。
其処で十常侍が必要であった。
宦官であるので後宮関係だけでは無く、中常侍という役職に就いているので政治には詳しく一族の者達を要職に就けさせていた。
なので、政治に関しては手回しなどは造作もない事であった。
「う~む。言われてみればそうだな」
何進は何苗の意見を聞いて考えが蹇碩を取り除く方に傾いた。
だが、何進の顔を見た何苗はまだ何進の心が揺れているとみて、決定的な一言を言う。
「もし宮中に兵を送り込めば、宦官だけではなく関係も無い者達を殺すかもしれん。そうなったら、殺された者達の遺族が兄者を恨むだろう」
何苗の話を聞いて、その事実に思い至らなかった事に気付いた。
「う、ああ、そうだな。お前の言う通りだな」
殺した者達が自分の近くで苦悶の表情を浮かべながら事切れている姿を想像したからか、顔を青くさせる何進。
(ふん。気が弱いからな。こう言えば大丈夫だろう)
何進の弟になった時から、何進とは長い付き合いであった何苗。
何進がどんな性格なのかよく知っていた。
欲深いが優柔不断で気が弱い性格という事を。
「では、兄者。王宮には行かないで蹇碩を取り除くという事で良いな?」
「ああ、それで頼む」
何進がそう決定したので、何苗は心得たとばかりに頷き皆に何進の考えを告げた。
同年五月。
何進は同郷の友人で十常侍の一人である郭勝の手を借りて、蹇碩以外の十常侍を味方に付ける事に成功した。
お蔭で霊帝崩御から一月後に劉弁が即位する事が出来た。
文武百官に見守られながら劉弁は少帝と呼称される事となった。
少帝が即位された事で年号も中平から光熹へと変わった。
それから数日が経たない内に、蹇碩はありもしない罪により処刑された。
同年六月。
何進と何皇后は権力の掌握をしつつ目の上のタンコブと言うべき存在である董太后を適当な理由をつけて洛陽から追放した。
流石に先帝の生母である董太后を殺す事は出来ず河間郡に送られたが、間もなく病死した。
これにより何兄妹の天下が始まった。




