逃げられると思ったか?
義勇兵の攻撃が行われてから、数日が経った。
この日も義勇兵の攻撃が行われていた。
連日連夜続く攻撃に袁尚軍の兵達は疲れ切っていた。
その所為なのか、北門には敵の攻撃が無い為、城壁には一人も兵が居なかった。
其処に城壁にある胸壁に縄をかけて降りていく兵が居た。
兵は地面に降りると、上を見た後、誰も居ない事を確認した後、急いでその場を離れて行った。
曹昂軍の本陣。
柵で区切られた陣内に幾つもある天幕の中で一番大きい天幕の中に曹昂が居た。
その曹昂の前には先程城を密かに出た兵の姿があった。
「審栄配下の兵との事だが。お主の主から言伝があるのか?」
「はっ。今宵、子の刻(約午後十一時から午前一時の間)に西門の馮礼が。東門は我が主が開くので、その時に突入をとの事です」
「そうか。承知したと、お主の主に伝えよ」
「はっ」
話を終えると、兵は一礼しその場を離れて行った。
兵が天幕を出て行くと、曹昂は考えていた。
(これで城を落せると思うが、これも罠という事も考えて行動した方が良いな)
審配が既に察しており、敢えて泳がせているかも知れないという可能性もあるなと思う曹昂。
そうなっても良いように備えておくことにした。
「誰かいるか」
曹昂が天幕の外に居る護衛の兵に声を掛けた。
声を聞くなり、控えていた兵が天幕の中に入って来た。
「お呼びで?」
「直ぐに呂布将軍と張燕将軍を此処に呼んで参れ」
「はっ」
兵が一礼し離れて行った。
暫くすると、兵が呂布と張燕を連れて戻って来た。
兵が一礼し天幕から出て行くと、曹昂は呂布達に何事か話した。
話を聞き終えた呂布達は一礼した後、天幕を出て行くと自分の麾下の部隊と共に移動した。
その夜。
月が雲に隠れ、篝火の明かりが周囲を照らしていた。
長く続いた義勇兵の攻撃がようやく止まった。
何故、攻撃が止まったのかは分からなかったが、袁尚軍の将兵達はようやく一息つく事ができた。
疲労により兵達は眠りこけていた。
周囲の警戒も疎かになっていた。
その隙を突くように馮礼と審栄が配下の兵と共に城門を占領した。
そして、子の刻になると東門と西門が音を立てて開かれた。
西門を包囲する鮑信と東門を包囲する史渙の部隊は事前に聞いていた為、驚く事もせず冷静に対処していた。
「城門が開けられたぞ。今ぞ、突撃せよ‼」
「狙うは袁尚と審配の首二つのみ。他には目もくれるなっ」
両将軍の号令を聞いて麾下の将兵達は喊声をあげて突撃した。
義勇兵達は後方で休みを取っている為、この攻撃に参加しなかった。
突然の夜襲に加え、城門が開かれている為、袁尚軍の兵達は対処に遅れた。
両将軍の兵達はすんなりと城門に入ると、袁尚軍の兵達を捕縛するか殺害していった。
東門と西門が完全に占領すると、次に南門の攻略に掛かった。
鮑信と史渙の部隊が南門の攻略に掛かっている頃。
鄴の内城にある広間。
眠っている所を叩き起こされた袁尚は鎧を纏い終えると、次から次に来る報告を訊いていた。
「西門は完全に占領されました!」
「東門も同じくです」
「敵軍は合流し、南門の攻略に掛かりました!」
兵の報告を訊き怒りを滾らせる袁尚。
「おのれっ、我らの守りの隙を狙うとはっ」
報告を訊いて袁尚は怒りで顔を赤くしていた。
そんな中で審配は冷静に現在の状況を把握に努めていた。
「西門と東門は攻撃されたという報告が来ていないが、如何にして落とされたのだ?」
審配の問いかけに、兵達は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
兵達は互いの顔を見た後、おずおずと述べた。
「その、西門と東門は城門が開かれたそうです」
「なに、城門が‼ 誰が開けたのだ!」
「馮礼様と・・・審栄様が開けたそうです」
「何だと‼」
兵の報告を訊くなり、審配は声をあげて驚いていた。
「馮礼はわたしの麾下の部将だぞ。それに、審栄はわたしの甥だぞ!」
報告した兵に詰め寄り、その襟首を掴みながら怒鳴る審配。
「ひっ・・・た、確かです。二人が城門を開いた事で、敵は城内に入り込んだのです」
「ぬううっ」
審配は兵の目を見ると、これは嘘では無いと分かり襟から手を離すと憤っていた。
「審配っ、貴様の親族が敵を招き入れたというのかっ」
「申し訳ありません。役立たずの小僧でしたが、我が甥という事でそれなりの役職を与えていた我が身の不明にございます」
「ええいっ、この様な時でなければ、貴様の首を斬り落とす所であったぞっ」
「弁明もありません。それよりも、殿」
「何だ⁉」
「城内に敵が入った以上、何時この城に敵が入って来るか分かりません。此処は殿だけでもお逃げを」
「わたしに逃げろと言うのかっ。父上の仇に背を見せてっ」
「生きていれば挽回の時があります。今はお逃げをっ」
「そのような事は」
「どうかっ、お聞き届けを!」
袁尚が何か言おうとしたが、食い気味で遮る審配。
その強い言葉に袁尚は何も言えなかった。
「・・・・・・仕方がない。一度、この鄴を捨て別の地で再起を図るとする」
「はっ。お聞き届け下さり感謝します」
「審配。貴様は親族の犯した罪を償え。この城に残り、敵の追撃を防げっ」
「承知しました」
袁尚は怒りながら審配に冷酷な命令を下した。
この命令は、敵が自分を追撃させない為の囮になれという事だからだ。
その命令を聞いた他の家臣達も審配に同情していた。
「他の者達はわたしに続け! 北門より逃げるぞ!」
袁尚はそう命じると、直ぐに準備の為に家臣と共に部屋を出て行った。
少しすると、持てるだけの財を持った袁尚は護衛と数名の家臣を引き連れて北門より脱出した。
馬に鞭打ち走らせて城を出て行く袁尚達。
家臣達は城から少し離れた所で、後ろを振り返ると城から幾つもの煙が上がっているのが見えた。
審配の生存は絶望的だと皆は思った。
そんな家臣達の思いなど知らない袁尚は後ろを振り返る事なく前だけ見ていた。
(ええいっ、今度は何処を拠点にするべきだ? 鄴よりも堅固な城というと)
袁尚は城に残して来た者達よりも、これからの自分達が落ち延びる所を何処にするかで頭が一杯であった。
そんな、袁尚達の前方に集団が進路を塞いでいた。
集団が進路を塞いでいるのを見て、袁尚は慌てて馬の足を止めた。
「何者か! わたしが袁紹の息子の袁尚顕甫と知って道を塞ぐか!」
袁尚が自分の名前を叫ぶと、集団の中から馬に乗った者達が前に出た。
「まさか、本当に出て来るとはな」
「まさに此度の戦の第一功と言えるな」
馬に乗った者達は袁尚を無視して話をしていた。
無視された袁尚は腰に下げている剣を抜いて、切っ先をその集団に向けた。
「わたしは名乗ったのだ。貴様らも名乗れ!」
「おっと、失礼したな」
「まぁ、名乗っても意味はないが。良いだろう」
話をしていた者達が話を止めると、其処に雲に隠れていた月が姿を見せた。
月光に照らされて、集団と話をしていた者達の姿が見えた。
月の光により、その姿が見える事が出来た袁尚達は顔を青くした。
何故ならばその集団は武装しているだけではなく、旗が曹の字が書かれた旗を掲げているからだ。
「我こそは呂布奉先なり!」
「張燕飛燕とは我の事ぞ!」
それぞれ名乗り上げていく。
その名乗りを聞いて袁尚達は青い顔を更に青くしていく。
「な、何故、貴様らが此処に居るっ」
「我らが主がお前の逃亡を予想して、此処で網を張っていたのだ」
「そして、予想通りお前は部下を見捨てて逃げて来ただけの事だ」
呂布達は得物を構えだした。
「袁尚を捕らえよ。出来ないのであれば殺しても構わん。生きていようが死んでいようが褒美が出るぞっ」
「袁尚を討ち取れ!」
呂布達が号令を下すと、兵達は喊声をあげて袁尚達に襲い掛かった。