こういう時こそ
「何だ。話とは?」
曹操はまだ何か話があるのかと思い訊ねると、曹昂は息を吸った。
「・・・・・・そう遠くない内に、鄴を攻略すると思います。その攻略軍の指揮をぜひわたしに執らせてください」
「ほぅ・・・」
曹昂がそう願い出るのを聞いて、曹操は意外そうな顔をしていた。
曹昂に軍の指揮を執るように命じる事は多いが、執らせて欲しいと願い出る事はあまりなかったからだ。
曹操としても鄴を早く攻略したいという思いはある。
だが、その指揮するのは、自分がしたいと思っていた。
(しかし、珍しいな。こやつが申し出るとは)
曹操は何かあるのではと考えていると、何かを悟った顔をした。
(そうかっ。こやつめ。袁煕の妻を奪ったから、鄴を攻略した後、後腐れないように袁煕を殺すつもりだな)
鄴を攻略した勢いに乗り幽州に攻め込み袁煕を討つつもりだと分かった曹操。
曹昂にはそんな意図はないのだが、曹操としてはそうでなければ願い出る事はないだろうと、そう頭から思い込んでいた。
(余程、その甄洛という者が気に入ったのだな)
息子が其処まで気に入る女性をやった事に、曹操は今更ながら勿体ない事したなと思っていた。
「・・・・・・ふふふ、何に意気込んでいるのかは分からんが。誰に鄴の攻略を命じるかはわたしが決める事だ。評議の場でもない此処でそう願い出るのは、越権と言えるのではないか?」
「それはそうですが」
「分かっているのであれば、口を出すな」
曹操は強く言うと、曹昂は黙り込んだ。
(仕方がない。此処は・・・)
曹昂はそう言いながら、懐に手を入れて一枚の紙を曹操達に見せた。
卞蓮はその紙が何なのか分からなかったが、曹操も最初同じような顔をしていた。
(何だ。あの紙は? ・・・・・・・・・・・・あっ⁉)
懐からチラリと見える紙に曹操と書かれてるのが見えた。
自分の名前が書かれているのを見て、曹操は直ぐにその紙が何なのか分かった。
(こやつ、以前書いた誓紙を此処で使うつもりかっ)
以前、丁薔と卞蓮が機嫌を損ねた時に曹昂に宥めるように命じた事があった。
その時に、何か問題を起こしたら、目を瞑ると誓紙に書いて約束してしまった。
卞蓮が居る時に見せるかと思いながら曹操は顔を引き攣らせていた。
「? どうかしたの?」
卞蓮は曹操の顔色が青いのを見て、不思議そうに訊ねてきた。
「あ。いや・・・おほん。何でもない」
曹操は咳払いした後、曹昂を見た。
(お前、蓮が居る時にそれを見せるかっ⁉)
(もし、駄目と言うのであれば、この紙を卞夫人に見せますよ)
目で会話する曹親子。
暫し睨み合う二人。
「・・・・・・ふぅ~、其処まで意気込むのであれば。やってみるがいい」
根負けした曹操は息を吐いた。
「では」
「此度の鄴攻略の指揮はお前に任せる」
曹操は曹昂に鄴の攻略の指揮を執らせると述べると、曹昂は笑みを浮かべた。
内心で勝ったと思いながら。
「愚息の願いを聞き入れて下さり感謝申し上げます。父上」
曹昂は深々と頭を下げながら礼を述べた。
そして、部屋を出て行った。
部屋には曹操と卞蓮だけ残った。
「ねぇ」
「誰か居るかっ」
卞蓮が訊ねようとした所で、曹操が大声をあげた。
部屋の外に控えていた使用人が部屋に入って来た。
「お呼びで」
「酒を持ってこいっ。たっぷりとなっ」
「は、はい。直ちに」
曹操が怒鳴り声の様に命じるので、使用人は慌ててその場を離れた。
「蓮、酌をしろ」
「え、ええ」
曹操がそう言うので、卞蓮はそれ以上何も訊けなかった。
その日。曹操は仕事を放って、酔い潰れるまで酒を飲んだ。
お蔭でその日の政務は滞った。