閑話 商売の種を思いつく
甄洛が曹昂の屋敷に預けられ、数日が経ったある日。
董白は部屋で退屈そうな顔をしていた。
(暇だな。・・・・・・娘は乳母と綺羅と玲月に預けてるし、あたしが顔を出してもする事が無いんだよな・・・)
娘の世話は乳母達に任せているので、する事が無かった董白。
あまりに、暇なので何処かに出掛けても良いかなと思っていた。
『きゃあああああああっっっ』
あまりに暇なので、何処かに出掛けようかと思っていると、屋敷の中で絹を引き裂くような声が響いた。
「何だ? 賊か⁉」
董白は何が起きたのか分からなかったが、取り敢えず愛用の弓矢を掴み取り、準備をするなり声が聞こえた方へ駆け出した。
「何だ? 何があった⁉」
董白は弓を手に携えながら屋敷を駆けていた。
廊下を歩いていると、貂蝉と練師の二人が互いの身体を抱き合いながら震えていた。
「どうした⁉ 二人共!」
「ひ、ひいい・・・」
「あ、あああ、あれ・・・」
練師は恐怖で顔を引き攣らせ、貂蝉は怯えつつ指である方向を差した。
董白は片手で矢を掴み何時でも番えようとしつつ、貂蝉が指差した方を見た。
「・・・・・・あん?」
そして、視線を向けた方向にある物を見て董白は目を丸くしていた。
矢を矢筒に戻し、董白は歩いて貂蝉が指差す物に近付く。
「・・・何で、こんな所にこれが居るんだ?」
董白は不思議そうな顔をしながら、指でつまみ持ち上げた。
四肢が無く細長く緑色の身体で表皮は細かい鱗に覆われていた。
黒い大きな瞳を持ち、口から細い舌を出していた。
その舌は先端が二股に分かれていた。
「シャー」
「・・・・・・毒は無さそうだな。普通の蛇か」
自分を掴んでいる者に蛇が威嚇してくるので、董白は口内を見てそう判断した。
「あ、貴方、そんなの掴んで、大丈夫なの?」
「す、すごいです・・・・・・」
貂蝉と練師の二人は蛇を掴んでいる董白に驚きつつ、感服していた。
「こんなの外に出て、少し茂みがある所に行けば普通にいるぞ。それに食ったら意外に美味いからな」
董白は涼州に居た頃によく見ていたので、蛇に対して特に怖いと思う事は無かった。
見つけた際は捕まえて食べていた。
「へ、へびをたべるですかっ」
「む、むりっ、そんな、たべれないわ」
貂蝉達は蛇を食べると聞くなり、その食事光景が思い浮かんだのか、青い顔をしていた。
「美味いんだけどな。まぁ良いか」
貂蝉達が首を振るのを見て、これは駄目かと思い董白は一人で食べようかと思っていた。
「あの、すみません」
「うん?」
董白が厨房に行こうとした所で、甄洛が声を掛けて来た。
その手には箱があった。
「あんたは・・・何か用かい?」
「はい。実はその蛇はわたしが飼っている子でして。返してもらえないでしょうか」
甄洛がそう言うのを聞いて、貂蝉達はぎょっとしていた。
「こいつをあんたが?」
「はい」
董白は蛇を見て、確認の為に甄洛に訊ねると、甄洛は頷いた。
「それじゃあ返さないとな」
董白は蛇を持っている手を突き出すと、甄洛は安堵しつつ箱の蓋を開けて董白から蛇を貰い箱の中に入れた。
「お騒がせしてすみません。餌をやる時に誤って逃がしてしまいまして」
「次からは逃がさないようにしな。旦那は鷲を飼っているから、食べられるかも知れないからな」
「はい。気を付けます」
甄洛は頭を下げた後、来た道を引き返して行った。
甄洛の背を見送ったが、貂蝉達は腰が抜けているのか立ち上がる様子を見せなかった。
「何だ。まだ、立てないのか?」
「べ、別に良いでしょう」
「へへ、お前にも苦手なのがあるんだな~」
董白が貂蝉を揶揄うと、貂蝉は怒りはしたが立ち上がる様子を見せなかった。
「ほれ、大丈夫か?」
「は、はい」
董白が練師に手を伸ばすと、練師はその手を取り立ち上がった。
まだ、膝が震えているが壁に手をつく事で立つ事が出来た。
「お~い。手を貸そうか?」
「い、いりませんっ」
「立てないのに強がるなよ。まぁ、どうか手を貸して下さい。お願いしますと言えば手を貸してやるぞ」
「く、くうううっ」
董白が得意げな顔をしながら手を伸ばすのを見て、貂蝉は悔しそうな顔をしていた。
「三人共、其処で何をしているんだ?」
廊下に居る貂蝉達を見て声を掛けたのは曹昂であった。
「「「旦那様」」」
「貂蝉。どうかしたのか?」
「い、いえ、別に」
「座り込んでいて言われても、説得力が無いと思うが。ほら」
曹昂が手を伸ばすと、貂蝉はその手を取り立ち上がった。
立ち上がった際、貂蝉は董白を見て勝ち誇った顔をしながら笑っていた。
その笑みを見て董白は悔しそうな顔をしていた。
「それで、こんな所で何をしていたんだ?」
「ああ、実は」
貂蝉がこの場に居た理由を話した。
「甄洛が飼っている蛇を見て怖くて腰が抜けたか。成程な」
話を聞いた曹昂は納得した。
「でも、あの方。何の為に蛇を飼っているのでしょうね?」
「さぁ、あたしは知らねえぞ」
練師は不思議に思っていると、董白は分からないとばかりに首を振った。
「あの方、私達と特に親しくしようとしませんからね。まぁ、そう遠くない内に、旦那様と床を共にするでしょうけどね」
貂蝉はそうでしょうとばかりに曹昂を見た。
貂蝉の視線を浴びて曹昂は苦笑いしていた。
「まぁ、本人に聞けば分かるか」
丁度曹昂はその本人に会いに行こうと思っていたので、ついでに蛇を飼っている理由を聞く事にした。
(確か、蛇の動きを観察して奇抜な髪型を作る為に飼っていると何かの本で読んだな)
前世の記憶を思い出しながら曹昂は甄洛の部屋へと向かった。
曹昂は甄洛の部屋の前に着くと、甄洛は部屋に入れてくれた。
「如何であろうか? 我が屋敷の暮らしは?」
「とても良くして貰っております。生活に不満はありません」
茶を飲みながら曹昂は甄洛に生活に困っていないかどうか話していた。
甄洛は笑みを浮かべつつも特に問題無いと言うので、曹昂は安堵していた。
「そう言えば、此処に来る前に妻達から聞いたのだが、何でも蛇を飼っているとか?」
「ああ、はい」
曹昂に聞かれた甄洛はチラリと部屋の隅にある箱を見た。
「餌を与えようとした時に誤って逃がしてしまいまして、ああ、毒を持っている子ではありませんので大丈夫です」
「そうか。ちなみに、何故蛇を飼うのかな?」
「見ていると可愛いじゃないですか」
甄洛が心底そう思っているという顔をしながら言うので、曹昂は内心でそういう人かと納得した。
「それに、蛇の動きを見ていると、髪型にも使えると思いまして」
甄洛がそう言うのを聞いて曹昂は甄洛の髪を見た。
言われてみると、どことなく蛇に似ているなと思う曹昂。
そして、同時に思った。
(髪型だけ変わっても、服が同じでは面白くないな)
どうせなら服も変えても良いのではと思う曹昂。
其処で何か思い付いたのか、笑みを浮かべた。
「これは商売になるかも知れないな」
そう言った後、笑う曹昂。
突如笑う曹昂に甄洛は何か楽しい事でも思い付いたのだろうなと思い見ていた。
閑話を先に書きましたが、話はあと数話続きます。
今年最後の投稿です。本作を読んでくださる皆様、良いお年を。