新たな火種
数日後。
曹操と他多数の家臣が丞相府の大広間に集められた。
新しい糧食が出来たと聞いて、皆楽しそうな顔をしていた。
上座に座る曹操は主だった家臣が集まったのを見て、家臣の列の中に居る曹昂を見た。
「子脩。始めよ」
「はっ」
曹操に命じられて、曹昂は手を挙げた。
それが合図なのか侍女達がお盆に皿を乗せて入って来た。
皿には四枚の板の様な物と蓋されている容器もあった。
その皿を家臣達の前に膳に置いた。
家臣達はその皿に盛られている板の様な物を見ていた。
「子脩。これは何だ?」
「はっ。これは大秦ではビスケットと言われる軍隊でも糧食を作りました。まずは、右の方から食べて下さい」
曹昂が食べる方を指示すると、曹操達は右の方のビスケットを手に取り口の中に入れた。
「・・・・・・うむ。サクサクして美味いな」
「砂糖も入っているからか。甘くていけるな」
「これは茶請けとして出しても良いな」
ビスケットを食べた曹操達はビスケットの食感と味を食べて悪くないと思いながら味わっていた。
「・・・ふ~む。味も食感も悪くないが、これでは割れやすいのではないか?」
一枚のビスケットを食べた曹操はそう評した。
「これでは、糧食として持っていく事には問題があるのではないか? 息子よ」
曹操はこれは駄目だと言わんばかりに曹昂を見てきた。
その視線を受けた曹昂は心の中で、難癖をつけられているなと思った。
(意外に根に持つ人だな。父上は)
そう思いつつ、曹昂はふっと笑った。
「では、左の方を食べてみて下さい」
曹昂がそう言うと、曹操達は左にあるビスケットを見た。
見た目は先程食べたビスケットに比べると、少し色が濃かった。
どんな違いがあるのかと不思議に思いながら、曹操達は左の方のビスケットを取り口の中に入れて歯を立てたが。
「「「・・・・・・固いっ」」」
先程のビスケットは簡単に噛み砕く事が出来たが、今度のビスケットは歯が立たない程に固かった。
何度も歯を立てて噛む事で、ようやく噛む事が出来た。
「これは先程食べた物に比べると、・・・・・・固いな」
「味の方は悪くないが。飲み物が欲しくなるな。加えて固いな」
「だが、これだけ固ければ、糧食に持っていく事も問題ないな。固いが」
左の方のビスケットを食べた家臣達は固い固いと言うが、これなら糧食として持っていく事に問題無いのではと言い出した。
「ビスケットを二度焼く事で乾かせました。これにより簡単に腐る事はなくなります」
曹昂はビスケットが固い理由を話し、糧食に持っていく利点を話した。
「ぬぅ・・・、しかし、これでは食べていく内に顎が疲れて飽きて来る者もいるであろうな」
曹操はこれだけ固く乾いているので、持っていても問題ないと思いはするが、そう簡単に認める事が出来なかった。
「其処も考えております。皿に置かれている容器の蓋を取り、ビスケットに掛けてみてください」
曹昂がそう言うと、曹操達は容器を取り蓋を取った。
容器を傾けて、中に入っている物をビスケットに流した。
容器を傾けて直ぐに、透明なトロトロとした液体が流れ出し、ビスケットに掛かった。
「これは・・・・・・水飴ですな」
荀彧がビスケットに掛かっている液体を指で掬い舐めると、その正体を当てた。
「はい。水飴を塗る事で味を変える事が出来ます。後は汁物を用意すれば、渇きを潤す事が出来ます」
「ふむ。確かに、水飴を塗る事で味が変わるな」
「これはこれで悪くないな」
「何と言うか、これなら問題無いな」
家臣達は水飴をビスケットに塗り食べて行く。
固いビスケットも噛んでいく内に柔らかくなっていき、そして水飴の甘みにより味が補強されるので、食べて行く事が苦にならなくなった。
中には水飴を飲んでからビスケットを食べるという事もする者もいた。
「ぬぐぐぐ、これは確かに糧食に使えるな・・・」
水飴を塗ったビスケットを食べた曹操は内心で悔しいと思いつつも認める事しか出来なかった。
「しかし、このびすけっとと言うのは言い辛いな。もっと良い呼び方はないのか?」
「でしたら、餅干はどうでしょうか?」
「成程な。良し、今度の遠征の時にこの餅干を糧食に加えるとしよう」
曹操がそう命じると、家臣達は異論ないのか頷いた。
「子脩。後でこの作り方を厨房に居る者達に教えるのだぞ」
「承知しました」
曹操の命令に曹昂は従った。
「それで、この一つで終わりか?」
「いえ、もう一つあります。これはどちらかと言うと、餅干よりも作るのが大変ですけど、まぁ、余裕がある時に作るという事で」
「ほぅ、そんな糧食があるのか。早く食べさせよ」
曹操は今度はどんな物なのか気になりだしていた。
曹操を含めた他の者達も食べたそうな顔をしているので、曹昂は侍女達に持って来るように命じた。
曹昂が合図を送ると、侍女達がお盆に皿を乗せてやって来た。
皿には淡い茶色の輪っかの様な物と穴が開き円形の形をした物と丸い玉の様な形をした物とクルクルとして捻じれた物が幾つも盛られていた。
それらには白い粉の様な物が掛けられていたりいなかったりしていた。
その皿が曹操達の膳に置かれた。
「「「・・・・・・」」」
曹操達はその皿に盛られている物をジッと見ていた。
初めて見る物という事で興味と共に未知な物という事で戸惑ってもいた。
「子脩。これらは何だ?」
曹操は匂いを嗅ぐと甘い匂いをするが、どんな食べ物なのか分からず曹昂に訊ねた。
「これはドーナツという食べ物です。大秦よりも西にある国で食べられている物です。材料は小麦粉と砂糖と卵を混ぜて揚げて出来る物ですので、糧食に使えると思い作りました」
「どーなつとな。どれ」
曹操が手を伸ばして輪っかの形をしたドーナツを掴むと、口へと運んだ。
「・・・おお、思っていたよりもふんわりとした食感をしているな。先程の餅干に比べても悪くないな。少し油っぽいが、この白い粉のような物を掛けている事で其処まで気にならないな。しかし、この白い粉は何だ?」
曹操は初めて食べるドーナツの味が興味深く味わっていた。
そのドーナツに掛かっている白い粉を指で掬い舐めると、甘いという事は分かったが、それが何なのか分からなかった。
「それは砂糖を粉にした物です」
「砂糖をっ。しかし、砂糖とは黒い物では?」
曹昂の答えを聞いて、荀彧がドーナツに掛かっている白い粉を指で掬い舐めると、甘いので砂糖という事が分かったが、白い事と粉の様になっている事に不思議に思っていた。
「普通にある砂糖を白くしたのです。そして、その白い砂糖をすり鉢でする事で粉にしました」
「何とっ⁉」
荀彧は砂糖が白くなるという事に驚いていた。
話を聞いた曹操は、そう言えば少し前に曹昂から貰った事があったなと思いだしていた。
「しかし、白い砂糖をすり鉢でするとこうなるのか。これは知らなかったぞ」
「欠点は普通の砂糖に比べると、固まりやすくなります。ですので、出来るだけ早く使わないといけません」
「成程な。さて、次はと」
曹操は納得しつつ、次が円形のドーナツへと手を伸ばした。
「・・・っ、これは良い! 先程のどーなつと同じ食感で中に甘くとろみがある物が入っているぞ! これはもしかしてかすたぁどか⁉」
手に取ったドーナツを一口噛み咀嚼するなり、中に入っている物を当てる曹操。
「その通りです。どーなつを揚げて穴を開けてカスタードを詰め込んだのです。カスタードの他にも生クリームやジャム・・・いえ果物を煮詰めた物を詰めております」
「ほぅ、これは良いな・・・」
曹操は美味しく味わっていたが、食べて行く内に無くなってしまった。
食べ終えると、もう無くなったのかという残念そうにな顔をしていた。
後で作るように命じれば良いかと思いつつ、次のドーナツに手を伸ばした。
そのドーナツは丸い玉の様な形をしていた。
曹操は指で摘まみながら、角度を変えて見ていたが、口の中に放り込んだ。
咀嚼した後、曹操は意外そうな顔をした。
「ほぅ、これは中に餡が入っているのか。しかも、これは漉し餡か」
自分の好きな餡子が入っている事に曹操は喜ばしい顔をしていた。
これも悪くないなと思いつつ食べた。
そのドーナツを食べ終えると、今度はクルクルとして捻じれたドーナツを掴んだ。
「これも変わった形をしているな。どれ」
曹操はドーナツを齧ると咀嚼した後、意外そうな顔をした。
「ほぅ、先程から食べて来たどーなつに比べるとふわっとしているな。軽く食べやすいな」
曹操はそのドーナツを食べ終えると、手が油まみれだという事に気付いた。
侍女に拭く物を持って来るように命じさせた。
その間とばかりに、家臣達がドーナツに手を伸ばして齧りついていた。
そして、その味を驚きと共に美味しく味わっていた。
「子脩。このどーなつも糧食に使えるのか?」
曹操は侍女から拭う物を貰い手を拭いながら曹昂に訊ねた。
「先も申しましたが。材料は小麦粉と砂糖と卵を混ぜて揚げて出来る物です。生地を作り、揚げればどこでも食べれます」
「しかし、砂糖も使う上に揚げるとなると、糧食に使えるとは思えぬが」
「例えば、戦勝を祝ってという場合、長期戦で兵糧が潤沢にある状態で兵達の気分を変える時に使うというのは良いと思います」
「・・・・・・ふむ。ちと贅沢だが悪くはないか」
砂糖は高価だが、それで戦に勝てるのであれば安いものだと思う曹操。
「美味い上にこれはかなり腹に溜まるから良いな。子脩よ」
「そうですか」
曹操が気に入ったのだと分かり微笑む曹昂。
「特にこのかすたぁどが入っているどーなつが良い。これが一番美味いな」
曹操がそう言うと、他の家臣達は。
「丞相。わたしはこの生くりぃむが入った物が良いと思います」
荀彧は曹操とは違う物が良いと言い出した。
「いや、其処は餡子が入った物が良いと思うぞ」
其処に夏候惇も口を挟んで来た。
加えて、曹操とも荀彧とも違う物を押し出した。
「いやいや、其処はこの果物を煮詰めた物が良いかと」
更に夏侯淵までも意見を述べて来た。
数刻後。
曹昂は頭が痛そうな顔をしていた。
糧食の一つとして作られているドーナツを出したのだが、そのドーナツで、大広間では激論が飛び交っていた。
「このどーなつには、かすたぁどが良いであろうっ」
「いや、漉し餡を入れるのが良い」
「それも悪くないですが。生くりぃむも捨て難いですぞ」
「果物を煮詰めた物が良いだろう」
曹操を含めた皆はそれぞれ好みを言い、これが一番良いだろうと言い合う。
その後も激論を交わしたが、話は纏まらなかった。
結果。餅干は糧食になる事は決まったが、ドーナツは糧食になる事はなかった。
だが、曹操達は気に入ったのか、何かの集まりがあると作るように頼まれる事となった。
この話で第11章は終わりです。