計略成功
その後。
袁尚は吉日を選んで、母劉夫人と姉嫁の袁煕の妻と自分の妻子を馬車に乗せた。
既に行く先は劉夫人達には告げており、夫人達は御家の為という事で納得してもらった。
護衛の兵は百騎程付けられた。
「では、母上。暫しのお別れにございます」
「しっかりと職務に励むのですよ。尚」
出発前に別れの挨拶を交わす袁尚親子。
そして、劉夫人が馬車に乗り込むと御者が馬に鞭打ち馬をゆっくりと進ませた。
袁尚はその馬車の一団が見えなくなるまで、その場に留まった。
袁尚と共に見送る者達の中に居た一人が誰にも気付かれない様にその場をそっと離れていった。
その者はそのまま城の外に出ると、近くの森に隠れている一団の下に向かった。
数刻後。
劉夫人一行が乗る馬車の一団は何の支障も無く北上を続けた。
とは言え、護衛の兵だけではなく、夫人達の世話をする多くの侍女や下男もおり、衣類や装飾品などを乗せて荷車の数台後に続いているので、その歩みは牛歩と言っても良い程に遅かった。
やがて、夜になると近くに村は無い為、野営を取る事となった。
野営の設置が終わると、夜ご飯の準備が行われた。
そのご飯支度をしている者達の何人かが、作業をしながら懐に手を入れる。
懐から紙に包まれた何かを取り出すと、包みを解いて中を開いた。
包みの中には白い粉が入っており、作業をしていた者達はその粉を料理の中に入れて行った。
やがて、料理が出来ると劉夫人達を含めた全ての者達に振る舞われた。
料理に何かを入れた者達は焼餅だけで良いと言い、料理には手を付けなかった。
暫くすると、料理を食べた者達全員、眠りについていた。
「・・・・・・全員眠ったか?」
「ああ、確認した」
「良し。合図を送るぞ」
そう言って、近くにある篝火の炎に薪を近付けて火を着けた。
火が着いた薪を円を描くように振るいだした。
少しすると、騎兵歩兵合わせて五百騎の兵団が野営地に入って来た。
その五百騎の兵団を指揮している張燕が合図を送った者達に話し掛けた。
「全員眠ったな?」
「はい。確認しました」
「良し。劉夫人達はそのまま馬車に乗せろ。世話役の侍女達も馬車に人が入れる余裕があったら入れろ。入りきらなかったら衣類と装飾品が入っている荷車に乗せて置け。護衛の兵と御者と下男と身ぐるみを全て剥いでから殺せっ」
張燕がそう指示すると、部下達は直ぐに行動した。
女性は全員、馬車か荷車に乗せられて、男達は持っている物を全て奪われた後、兵達が持つ得物を振り下ろされて殺された。
痛みで目が覚める者も居たが、声を上げても誰も起きる気配が無かった。
男達を全員殺し終えた後、地面を掘り開けた空間の中に放り込み土を被せた。
それが終わると、張燕達は馬車の一団と共に南下していった。
張燕が渤海郡に入る少し前。
鄴に居る袁尚の下に袁煕から文が届いた。
劉夫人の一行がこちらに来ていないが、まだ出立していないのか?と。
その文を読んだ袁尚は目が飛び出しそうであった。
慌てて、捜索隊を作り探させたが、どれ程時が経っても見つかる事はなかった。
袁尚は訳が分からなかった。その後も懸命に探したが、何処に行ったのかも分からなかった。
袁煕も探すのに手を貸したのだが、見つける事が出来なかった。
袁兄弟はどれだけ探しても見つからなかった。そんな時に袁尚はふとこう思った。
(もしかして、顕奕兄者は何かを隠しているのでは?)
そうでなければ、見つからない理由も納得出来た。
だが、直ぐにそんな事をする意味が無いと思い鼻で笑う袁尚。
その後も懸命に探し続けていた。
袁兄弟が懸命に探している頃。
許昌に居る曹昂は自分の屋敷で報告を受けていた。
「無事、襲撃は完了しました。劉夫人と侍女を含めた一行は張燕様と共に渤海郡を通り、青州、兗州を通り陳留を経由して許昌に着く予定です」
「報告ご苦労。そうか、陳留を経由するのか」
経路を聞いた曹昂は地図を見ながら返事をした。
(陳留か。ふむ、父上に会わせる前に噂の甄氏の顔を拝んでみるか)
甄氏はどんな女性なのか見てみたいと思った曹昂は丞相府に赴き、父曹操に。
「陳留に行かねば出来ぬ仕事が出来ましたので、赴きたいのです。ご許可を」
曹昂が頭を下げて頼むので、曹操は許可を与えた。
許可を貰った曹昂は護衛に趙雲と陳到を連れて、陳留へと向かった。