偽書の計
幽州広陽郡薊県。
この県は袁煕が幽州の州治所としていた。
城内にある一室で袁煕は一人で文を読んでいた。
(譚兄上が討たれた今、袁尚が家督を継ぐと見て良いな。だが、相手は曹操。袁尚と協力しなければならない。だが、これは・・・)
袁煕は文を読みながら、どうするべきか分からず唸っていた。
袁煕は自分は妾が生んだ子なので、父袁紹の後を継ぐのは無理だと思い跡目相続に名乗り出なかった。
袁煕からしたら、袁譚が家督を継ごうと袁尚が家督を継ごうと構わなかった。
問題はいかにして曹操に対抗するかであった。
だが、袁譚は討たれ領地の一部を奪われてしまったので、袁煕は袁尚と協力して曹操と対抗すべきだと思った。
直ぐにでも文を送ろうかと思っていた所に、その袁尚から文が届いた。
文の内容は曹操軍の攻撃が激しく、私が居る鄴では何時まで攻撃を防ぐ事が出来るか分からない。なので、兄者が居る城に我が母と兄者の嫁殿と我が妻子と共に送りたいと書かれていた。
袁煕の妻は亡き袁紹の妻の劉夫人の世話をする為に鄴に残っていた。
これを機にこの城に呼んでも良いかと思う袁煕。
(袁尚としても義母上と妻子がこちらに居れば安心できるだろうからな。だが)
袁煕はこの文を読んで、何か違和感を感じていた。
字は袁尚の字なのだが、袁煕には何か違和感を感じていた。
「・・・・・・まぁ良いか。さて、袁尚に文を送るとするか」
袁煕は感じた違和感を気のせいだと思い、文を認める事にした。
そして、袁煕から文を渡された使者は馬を駆けさせて、袁尚が居る鄴へと向かった。
数日程、使者は馬を駆けさせた。
幽州と冀州の州境に着き、後少しという所で何処からか二本の矢が飛んで来た。
矢は使者と馬に当たり馬は痛みで嘶いた後、前足を高く上げた。
使者は胸に矢が突き刺さり手綱を持つ手の力が抜けた。
それにより、落馬する使者。
地面に落ちた使者はそのまま死んでしまった。馬は矢が刺さったまま、何処かに逃げて行った。
馬が離れて行くと、茂みから何者かが姿を現した。
その者達の手には弓が握られていた。
使者に矢を放ったのはこの者達であった。
矢を放った者達は使者の遺体に近付き、懐をまさぐり何かを探しだした。
すると、お目当ての物を見つけたのかその者達は顔を輝かせた。
その者達が手に入れたのは袁煕の配下であるという身分を示す物であった。
身分証を手に入れた者達は遺体から鎧や武具などを奪い、茂みに投げ捨てた後、使者が持っていた文を読んだ。
読み終えると、文を破り捨てた。
そして、自分達が潜んでいた茂みに戻り其処に居る馬に跨り、鄴へと向かった。
冀州魏郡鄴県。
城内にある大広間にある上座には袁尚が座っていた。
袁尚の手には文があった。
「ふむ。顕奕兄者はこう申しているか・・・」
文を一読した袁尚は考え込んでいた。
「殿。袁煕様は何と?」
「ああ、審配。実はな、兄者がな。母上と一族の者達を兄者が居る薊県に送ってはどうかと言って来たのだ」
審配に訊ねられると袁尚は文の内容を教えた。
「成程。袁煕様も一族の事が心配なのでしょうな。この鄴にはその内、曹操軍が攻め込んでくる事を見越しての事でしょう」
「ふん。私がこの城に居る以上、曹操に落とす事など出来ん! 兄者も心配性な事だな」
袁尚は心底、曹操に負ける事など無いという自信に溢れた顔で鼻息を荒くしていた。
「いやいや、殿。万が一の事もあります。今の内に一族の方々を薊県に送り、戦に備えるのも良いと思います」
「そう思うか?」
「はい。仮に城が落とされたとしても、敵に一族の方々が奪われるという事にはなりませんので安心だと思います」
「・・・・・・そうだな。良し、此処は兄者の言葉に甘えて、一族の者達を薊県に送るとしよう。兄者にはそう伝えよ」
「はっ」
「承知いたしました」
文を持って来た使者は一礼しその場を離れて行った。
使者達は城を出て、誰も近くに居ない事を確認すると笑っていた。
「上手くいったな」
「後は袁煕に一族の者達を送るという事を知らせればいいな」
「ああ、急ぐぞ」
そう言って使者達は馬の腹を蹴り駆けさせた。
この使者達は曹昂が直属の間者の三毒の者達であった。
袁煕が送った使者を射殺したのもこの者達であった。
三毒の者達は袁煕の下に行き、袁尚が言っていた事を伝えた。
そして、直ぐに事の次第を許昌に知らせる為に早馬を出した。
数日後。
豫洲潁川郡許昌。
城内にある曹昂の屋敷で早馬から送られてきた報告書を読んでいた。
「・・・・・・良し良し。上手くいったな」
報告書を読んだ曹昂は謀が上手くいっている事に喜んでいた。
まず、最初に袁尚の使者を偽った三毒の者を袁煕に袁尚の字を似せて書いた文を送り、一族の者達を送ると嘘の文を送った。
袁煕はその返事をする為に送る使者を襲い、身分証を奪い難無く鄴に入り、袁尚に袁煕の字を似せて書いた文を読ませた。
袁尚はすんなり信じて、袁煕に一族の者達を送る事を承諾したのであった。
「後は、その一族の者達を奪えば良い。襲撃の準備はどうなっている?」
文を読み終えた曹昂は報告者を持って来た者に訊ねた。
「張燕殿が現地に赴いております。現地に居る黒山賊と合流し、何時でも襲撃出来るとの事です」
「良し。では、現地に居る三毒の者達と連絡を取るように伝えよ」
「はっ」
曹昂の命に従い、報告に来た者は一礼し部屋を出て行った。
部屋に一人残った曹昂は計略が上手くいった事に喜びつつも、一つ思いだした事があった。
(そう言えば、袁煕の妻も鄴に居るんだよな。という事は、襲撃でその人も手に入るのだろうな)
前世の記憶で父曹操も狙っていたと言われた甄氏。
どの様な女性なのか見てみたいと思う曹昂。