兄弟の仲を裂く為には
翌日。
鄴の田畑が焼かれたという話が城内に広まった。
城内の路地には民が集まって、何か話し合っていた。
「聞いたか?」
「ああ、どうするんだよ。俺達の飯は・・・」
「俺の所には、かかあだけじゃなくて、餓鬼も居るってのに」
城内に居る民達はどうしてこんな目に遭うのだろうと嘆いていた。
「それでな。その焼かれた田畑の話なんだが、何時の間にか燃えていたそうだぜ」
「何時の間にか燃えていた?」
「誰が燃やしたのか分からないのか?」
「兵達の話じゃあ、見てないって聞いてるぜ」
「曹操軍じゃあないよな。田畑を焼くんだったら、この城を包囲するだろうしな」
「でも、曹操軍は城外に居ないからな」
「じゃあ、どうやって燃えたんだ?」
話している者達は訳が分からないという顔をしていた。
「何でも、大地が突然火を噴いたって聞いているぜ」
「大地が火を噴いた?」
「それって、もしかして地の神様が怒っているという事か?」
「分かんねえけど、そうかもな」
「・・・・・・そう言えば、袁尚様の軍と曹操軍が戦った時、大地が噴火したって聞いたな」
「ああ、俺も聞いた」
「それって、袁尚様の軍だけ噴火の被害を被ったんだよな。もしかして、袁尚様は地の神様に嫌われているって事か?」
「地の神様に嫌われるか。・・・・・・やっぱり、袁譚様を無視して家督を継ごうとした事に怒っているのかもな」
「ああ、それかもな」
「有り得るな」
話している者達の一人が例えを言うと、他の者達も同意する様に頷いた。
家中では袁尚を支持する者が多かったが、民からは袁譚が支持されていた。
家督を継ぐのは長男という考えもあるだろうが、袁尚に比べて袁譚の方が名士の扱い方が上手かった為だ。
袁譚は優れた人材を招くことを趣味としながらも、実際は奸臣の言葉ばかりに耳を貸す人物であった反面、賓客達を良く待遇して名士を尊重したりしていた。
この名士という存在は、ある地域において名が知れ渡っている家または人物のことだ。
袁譚が名士を尊重するという事で、その名士が住んでいる者達に袁譚が素晴らしい者だと称えるので、次第に衆目から支持されて行くようになった。
反対の袁尚はと言うと、袁紹に寵愛されてはいたが、刺史や州牧になってはいなかったので、賓客を遇する事が少なかった。
加えて、袁紹の寵愛を受けている事に増長して我儘な所があった。それが人伝に伝わり人望が無かった。
「袁譚様が鄴に居た時は袁紹様に負けないくらい寛大な御方だったんだけどな・・・」
「袁尚がこの城に入ってから、碌な事が無いな」
「やっぱり、長男を押しのけて家督を継ごうとした事で、地の神様が怒っているのか」
話していた者達は溜め息を吐いた。
鄴内の一室。
その一室で袁尚が審配からある報告を受けていた。
「なにっ⁉ 城内の民達がそんな話をしているだと⁉」
「はい。ですが、この様な話など捨て置いても良いでしょう。もう、袁譚はおらぬのですから」
「ぬううっ、民の分際で私が兄上よりも劣ると言うのかっ。なんと生意気なっ」
審配が問題無いように言うが、袁尚は激怒していた。
「城内の警邏をしている者達に伝えよ! その様な話をしている者達を見つけ次第、捕まえて牢に入れよと」
「殿。それは止めた方が良いです。それでは、民に不満が溜まりますっ」
「何を言うかっ。兄上を称える事を言う時点で、私を侮辱しているのだ、捕まえる必要があろう‼」
「しかし、民に不満を抱かせる事は」
「喧しい‼ 貴様はさっさと私の命令を部下に伝えに行け‼」
袁尚は聞く耳を持たないとばかりに、審配を部屋から追い出した。
追い出された審配は溜め息を吐いた後、命令を伝える為に歩き出した。
その後、兵達は多くの民達を捕縛し牢に入れて、棒叩きの刑を受けさせて釈放した。
袁尚が鄴の城内に居る民達を虐待しているという話は直ぐに許昌に居る曹昂の下に届いた。
曹昂は許昌の屋敷にある自分の部屋で報告書を読んでいた。
「・・・・・・袁尚は馬鹿なのかな?」
冀州に居る間者から届けられた報告書を読んだ曹昂は思わず呟いた。
「それは、私の口からは何とも言えません」
報告書を持ってきた者はそう言って首を振るだけであった。
思わず出た呟きなので、独白に近かった為、返事は期待していなかった曹昂。
失言したとばかりに手で口を塞いだ。
(これから、大変な時だというのに民の不満を買うとは。反乱が起きるかもしれないぞ。それが怖くないのか?)
曹昂はどうして、そんな事が出来るのか分からなかった。
「・・・まあ良いか。どうせ、討ち取る事は決まっているのだから」
袁尚の心境など分からないので、考えても無駄だと判断した曹昂は考えるのを止めた。
「それよりも、今は袁煕と高幹の調略はどうなっている?」
「はっ。報告によりますと、高幹はこちらに降伏する気配がありますが、袁煕はこちらに降伏する気配は無いそうです」
「ふ~ん。そうか。じゃあ、袁煕の調略は止めよう」
「しかし、そうなりますと袁尚が籠もる鄴を攻めた時に、袁煕が援軍として送ってくるかもしれません」
「それなんだよな。・・・・・・どうしたものかな?」
曹昂はどうしたものかと考えていた。
「・・・・・・ああ、離間させればいいのか」
「どの様な方法で行うのですか?」
「なに、簡単だ。袁煕と袁尚の近くにいる間者達に、袁兄弟が書いた文を密かに手に入れて届けよと命じよ」
「袁兄弟が書いた文をですか? 承知しました」
命令を聞いた間者は何に使うのだろうと思いつつ一礼し部屋を出て行った。