とりあえずの目標は
撤退する袁譚軍。
鄴に向かえば、取り敢えず体勢を立て直す事が出来るという一念で袁譚は軍と進んでいく。
鄴にある程度近付いたので先触れを出した。
だが、その先触れが戻って来るなり。
「申し上げます! 鄴は既に弟君の袁尚様の支配下に入った模様です!」
「なにっ、留守を預かっていた辛評はどうした⁉」
「辛評様は力及ばず捕縛され、その後は・・・郭図様の御家族と共に首を斬られました。方々の首は城門に掛けられております」
「我が家族が⁉」
「・・・・・・おのれ、袁尚~~~、弟という事で命を取らずにいたと言うのに、その恩を忘れて、反乱を起こすとはっ」
報告を訊き終えた袁譚は血が出る程に唇を噛み締めていた。
そして、袖で乱暴に血を拭い側にいた王修を睨みつける袁譚。
「王修! 貴様の意見を聞いたからこうなったのだぞっ。どうしてくれる!」
「申し訳ございません。殿っ」
怒る袁譚に平謝りする王修。
謝ってもどうにもならないと思いはするが、今はこの状況をどうにしかしなければと思い深く息を吸って怒りを抑える袁譚。
「・・・・・・王修。お前は一足先に勃海郡に入り、各県を回り兵を募れ。そして、私が籠もる南皮に援軍として参るのだ。その功で今回の失態を不問にする」
「ははぁ、ご命令に従いますっ」
袁譚がそう命じると、王修は感謝を込めて頭を下げた。
そして、護衛として数騎を連れて勃海郡へ向かった。
「殿、何故、あの様な甘い裁決をっ、あの者の意見を聞かねば、こんな事にはっ」
「だからと言って、あやつを殺した所で、お主の家族も辛評も戻って来んぞ。それよりも今は曹操だ。曹操を撃退せねば、お主は仇を取る事も、私は袁家の当主になる事も出来んわ」
「・・・・・・その通りですな。今は曹操の方が先決ですな」
袁譚の説得を聞いて郭図は怒りを抑える事にした。
そして、袁譚は鄴に寄らず南皮へと進路を変更した。
その袁譚の行動を見て、兵達は袁譚に付いて行けば破滅だと察したのか、夜になると逃亡する兵が出た。
同じ頃、曹操軍の陣地。
袁譚の同じ情報が曹操の下にも届いた。
「袁尚の奴もしぶといのう。そのまま大人しく牢にいれば、死ぬ事はなかったかも知れぬと言うのに」
報告を訊いた曹操は呆れ半分哀れみ半分な気持ちで溜め息を吐いた。
「袁紹の息子達はつくづく仲が悪いな。この期に及んでも、兄弟で助け合うという事をせんとは。袁紹の奴は本当に草葉の陰で嘆いているであろうな」
「私には分かりかねます。それよりも、丞相。これから如何なさいますか?」
郭嘉はこれからどうするか訊ねて来た。
「このまま袁譚を追い、討ち取りますか? それとも、鄴を包囲して袁尚を打ち破りますか?」
「ふ~む。そうだな」
郭嘉に示された二つの方針を聞いてどうするか考える曹操。
「父上。私は袁譚を追い駆けて討つのが良いと思います」
考えている曹操に曹昂が袁譚を追い駆けるべきだと告げた。
「何故だ?」
「鄴は反乱が起きて、多くの兵も討たれました。未だ戦力の立て直しを図っているそうです。その様な勢力が籠もっている城など何時でも落とせます。むしろ、今袁譚を討たねば、勢力を拡大させて手を焼く事にもなりかねません」
「う~む。だが、鄴を放置すれば後背を攻撃されぬか?」
「先も申しましたが、袁尚は戦力の立て直しを行っております。そんな折で兵を出して攻撃する余裕などありません。仮にしたとしても、どれだけの数が居ても数程の働きは出来ません。だから、大丈夫でしょう」
「・・・・・・少し考えたい。下がれ」
曹操が曹昂達に下がるように命じたので、曹昂達はその場を離れた。
曹昂達が曹操の前から離れた。
「丞相はどの様な決断を下すでしょうか?」
「流石に其処までは分かりません」
郭嘉がそう訊ねて来るので、曹昂は首を振るだけであった。
(袁譚を追撃するか、それとも鄴を攻め込むか。安全を考えれば鄴を攻め込むのが良いが、袁譚の勢力が増大するからな。袁譚の勢力を壊滅させても、逆に鄴の勢力が立て直されるだろうな。どれを取っても一長一短か)
父はどの案を取るだろうと考える曹昂。
「では、私はこれで。辛毗の下に行きますので」
「そうですか。では」
曹昂と郭嘉は一礼し離れて行った。
郭嘉の背を見送りながら、曹昂は息を吐いた。
(今回の鄴の反乱で辛毗の兄の辛評は首を切られたと聞いたからな。辛評とは親しくしていたと聞いているからな)
故人の事を偲ぶ為に向かったのだろうと判断する曹昂。
翌日。
曹操は袁譚の追撃を続けると皆に告げた。
鄴は現状放置するが、一応監視の兵は置き、残りの兵で追撃すると宣言した。
その宣言を聞いて郭嘉と辛毗も異論は無いのか頷いた。
そして、曹操は全軍で袁譚が居る南皮へと向かった。