情勢が二転三転する
曹操が黎陽に後退している頃。
袁譚が籠もる南皮県を包囲している呂曠、呂翔率いる軍が包囲を解き袁譚軍と合流しようとしていた。
そんな時に袁尚の使者が二人の下に来た。
袁尚はまだ呂曠と呂翔の二人が袁譚に寝返った事を知らなかったので、使者を送ったのであった。
呂将軍達の思いなど知らずに、使者は曹操軍に敗北したので、大勢を整える為に合流したいと述べた。
呂将軍は取り敢えず使者に了承したと告げて、使者を袁尚の下に帰らせた。
使者の背を見送った後、両将軍はどうするべきか悩んだ後、袁譚に報告した。
その報告を訊いた袁譚の側には辛評が居た。
話を聞いた辛評はほくそ笑んだ。
「それは重畳。両将軍はそのまま包囲を維持して下され。そして、袁尚が参った日の夜に宴を開き、その時の酒に薬を入れて眠らせて捕まえるのです」
「それは良い策だ。お主、聞いたな。そうしろ」
「「はっ」」
袁譚が手を叩いて喜び、呂将軍達にそう命じた。
そして、呂将軍達は包囲を維持したまま、袁尚が来るのを待った。
数日後。
袁尚率いる軍が呂将軍達の陣地に辿り着いた。
袁尚軍の将兵は皆鎧はボロボロで身体の何処かしらを怪我しており、敗残兵の集まりと言っても良かった。
呂将軍達が出迎えると、袁尚は喜んでいた。
その日の夜。宴を開き袁尚から色々と聞きだす呂将軍達。
やがて、酒に入れていた薬の効果が出たのか、袁尚と配下の将達は眠り始めた。
袁尚達が眠っているのを確認した後、呂将軍達は城に合図を送った。
数刻後。
袁譚は南皮県の城の大広間にある上座に上機嫌で座っていた。
「はははは、良いざまだな。袁尚‼」
上座に座る袁譚が見下ろした先には袁尚と配下の将達が縄で縛られて座らされていた。
「ぬううっ、おのれ、主である私を裏切るとは。貴様等、それでも武人か⁉」
嗤われている袁尚は袁譚の家臣の列にいる呂曠と呂翔達を睨んでいた。
睨みつけられている呂曠と呂翔の二人は気まずそうな顔をしていた。
「ははは、何を言うか。そもそも、父上の後を継ぐのは長男であるこの私だ。その私に仕えないで、お前に仕えること自体がおかしいのだ。二人はそれに気付いて私に仕えただけの事だ」
「く、くうう・・・・・」
袁尚は悔しそうに顔を顰めていた。
「弟の分際で、私を押しのけて、父上の後を継ごうとは不遜な事を考えたのだ。どうなるか覚悟は出来ていような?」
袁譚が手を翳すと、袁尚達を連れて行こうとする兵達が居た。
袁尚もどうなるのか分かってるのか、ただ悔しそうな顔をしていた。
このまま、袁尚達は処刑されるかと思われたが。
「殿。お待ちを」
其処を辛毗が止めた。
「何だ。辛毗?」
「今、弟君を殺すのは止めた方が良いと思います」
「何故だ? 袁煕が後を継ぐと言っていない今、袁尚さえ殺せば家督は私が継ぐ事が出来るのだぞ」
「確かにそうです。ですが、此処ではなく鄴で処刑しても問題無いと思います」
「むっ? どういう事だ?」
「袁尚を連れて鄴に赴き、鄴を守る審配に開城を求めましょう。さすれば、鄴は容易に手に入ります。その後で弟君を殺したとしても問題ありません」
「成程っ。それは名案だっ」
辛毗の献策を聞いた袁譚は膝を叩いた。
「良し。急ぎ、進軍の準備をせよ。目指すは鄴だ!」
袁譚は早速とばかりに鄴への進軍を命じた。
二日後。袁譚軍は鄴へと進軍した。
それから十数日程した後、袁譚軍は鄴に辿り着いた。
辿り着くなり袁譚は郭図に指示をした。
すると、郭図は兵達に城門前まで袁尚を連れて行くように命じた。
兵は縄で縛られた袁尚が城門前に連れて来られると、その場で跪かされた。
「袁尚はこの通り我等の手中である。降伏せよ‼ されば、袁顕思様は寛大なご処置を下さるであろう!」
兵が城に向かってそう叫んだ。
そして、袁尚の背後には剣を持った兵が立った。
これは返答次第では袁尚の首を刎ねる事を示していた。
城壁でそれを見ていた審配は直ぐに城門の開門を命じた。
城門が開かれたのを見て袁譚は大笑いしていた。
一頻り笑った後、袁譚は全軍で入城した。
袁譚が城内に入り、兵を休ませると家臣を連れて内城の大広間に入った。
大広間の上座に袁譚が座ると引き連れて来た家臣達が一斉に頭を下げた。
「「「おめでとうございます。袁譚様!」」」
「うむ。皆のお陰でこの席に着く事が出来た。感謝するぞ」
家臣達に感謝を述べた後、袁譚は深く息を吐いた。
「これが父上の見ていた光景か。うむ。悪くないな」
袁譚は満足そうに笑っていた。
「殿。その席に着いた以上、後はやるべき事は一つにございます」
「ほぅ、それは何だ?」
郭図が家臣の列から前に出て袁譚に一礼し頭を下げたまま、そう述べた。
「無論、家督を殿が継いだという事を世に知らしめることにございます」
「確かにそうだな。だが、具体的に何をするのだ? 儀式でもするのか?」
「いえ、此処は弟君の袁尚様の首を刎ねる事にございます」
頭を上げた郭図がそう断言した。
その発言を聞いて家臣達は仕方がないという顔をしていた。
だが、そんな家臣達の中で一人が前に出た。
「殿。袁尚様は血を分けた弟君にございます。その様な御方を殺す事はないでしょう。既に、鄴は殿の手に入っております。此処は和解して、曹操と対抗するのが良いと思います」
そう発言するのは三十代の男性であった。
身の丈は七尺五寸(約百七十センチ程)で、少し吊り上がった目を持っていた。
品良く整えた口髭を生やしており、整った顔立ちであった。
裾から見える腕には、鍛えられているのか引き締まった筋肉がある上に切り傷や矢傷などが複数あった。
この男性は名を王修。字を叔治と言い、袁譚の腹心であった。
「何を言うかっ。今ここで袁尚を殺さねば、後々の災いとなろうっ」
「今袁尚様を殺せば、殿は弟ですら殺す血も涙も無い方だと思われます。それでは冀州での統治に差し障りがでます。それよりも、袁尚様の命を助けて恩を売り和解するのです。そして、幽州の袁煕様。并州の高幹様と協力して、曹操と戦えば、曹操を討ち破る事が出来ます」
「う~む。弟と和解か・・・・・・」
冀州の統治に差し障りが出ると言うのであれば、和解するのも手かと考える袁譚。
「なりませんぞ。殿っ、今袁尚を生かせば恩を感じるどころか、これ幸いとばかりに、時機を見て反乱を起こします。ですので、此処は処刑をっ」
袁譚の顔色を見て、袁尚を殺さなくても良いかという気持ちに傾いているのを見た郭図は強く処刑する様にと求めた。
「殿。この様な佞臣の言葉などに耳を傾けてはなりません。此処は郭図を切り和解すべきですっ」
王修もあくまでも和解すべきだと強く言う。
それを聞いて袁譚はどうするべきか悩んでいた。
袁紹の血を引いているからなのか、袁譚は何処か優柔不断な所があった。
どうするか悩んでいる袁譚に家臣達は袁譚を不安視していた。
特に呂曠と呂翔の二人などは仕えて日が浅いので、余計にこのまま仕えて良いのかと思っていた。
王修と郭図は口論を始めたが、その間も袁譚はどうするべきなのか悩んでいた。
結局答えは出なかった。
それから、幾日も時が経ったが、袁譚は袁尚をどうするべきなのか答えが出なかった。
そんなある日。
呂曠と呂翔と辛評と辛毗の下に文が届いた。
文には郭嘉という字が書かれていた。