文句なしの
曹昂率いる中央が後退していると、袁尚軍の中央が進軍してくるのが見えた。
「敵はこちらを追い駆けてきますっ」
「良し。予定の所まで後退せよ!」
趙儼が敵が動いた事を報告すると、曹昂は決めていた場所まで後退する様に命じた。
曹昂の命令に従い後退する兵達。
旗が立っている所まで来ると、其処で兵達の足を止めさせた。
「紐に点火せよっ」
曹昂の命に従い兵達は手に持っている松明の火を紐に付けた。
紐に火が付くと、紐を伝って進んでいく。
そのままずっと進み続けていた火が地面の中に入って行った。
少しすると、地面から爆炎が砂埃と土を舞い上げながら起こった。
その爆炎に呑まれた袁尚軍の兵達は身体の何処かを失っていた。
少しすると、血と吹き飛んだ身体の一部と肉片混じりの土砂が袁尚軍の兵達に降り注いだ。
「・・・うひやああああっ」
「なんで、じめんが⁉」
「お、おれのあしが、あしがあああ・・・・・・・」
「うそだろう・・・・・・」
地面が噴火した事で、袁尚軍の兵達は大多数の死傷者を出していた。
皆、訳が分からない顔をしているか、悲痛な顔をして身体の一部を失い痛がっているかのどちらかであった。
その様子を見ていた劉巴は惨いと思うが、敵の足は止まったのを確認した。
「殿。敵は地雷に掛かり、足が止まりましたっ」
「そうか。先鋒の趙雲に伝令。攻撃せよっと」
「はっ」
劉巴は命令に従い、伝令を放った。
「敵は混乱しているぞっ。攻撃せよ‼」
趙雲はそう号令すると同時に槍を掲げると同時に馬を駆けさせた。
兵と共に進軍する趙雲。
地雷の爆炎により混乱している袁尚軍の兵達に襲い掛かった。
趙雲の勇猛さに袁尚軍は押し込まれて行った。
「先鋒の馬延将軍より伝令っ。敵の攻勢の激しさに、前線を維持できません! 直ぐに援軍をっ」
「分かった。直ぐに援軍を送ると伝えよっ」
伝令が下がると袁尚は援軍を送ろうとしたが、逢紀が止めた。
「今、前線に兵を送っても、焼け石に水にございます。此処は南皮まで退いて城を包囲している軍と合流してから態勢を整えましょう」
「退けと言うのかっ。まだ、勝敗は決まっておらんぞっ」
「若君。最早、我等の負けですっ。どうか、お退きを!」
逢紀は袁尚に諫言するが、袁尚は怒りで剣を抜いた。
「まだ、勝敗が決まっていないのに、その様な口を叩くとはっ。この臆病者がっ⁉」
袁尚は怒り任せて、剣を振るい逢紀を斬り捨てた。
「わ、わか・・・ぎみ・・・・・・」
斬り捨てられた逢紀は目を見開かせて、信じられないという顔をしながら口から血を吐きながら倒れた。
「此処が踏ん張りどころだ。皆、奮起せよ!」
血で濡れる剣を掲げつつ檄を飛ばす袁尚。
その檄と援軍により中央の戦線が膠着したが、袁尚の下に急報が来た。
「右翼の張顗将軍より伝令っ。敵の攻勢激しく、このままでは右翼の戦線は維持できず。援軍を乞うとの事です」
「左翼より伝令! 敵の猛攻により左翼の戦線の維持が出来ない。至急援軍を乞うとの事ですっ」
「ぐ、ぐううう、我に余剰戦力無しっ。その場で死守しろと伝えろっ」
既に中央の前線に援軍として一万を送っていた。
これ以上兵を割けば、本陣の守りが手薄になる為、援軍を送る事は出来なかった。
「殿。それはっ」
「良いから、そう伝えよっ」
「「はっ」」
袁尚の命令に従い、伝令は将軍達の下に走った。
そして、袁尚の命令を聞いた将軍達は戦意を失ってしまった。
それが兵にも伝わった為か、右翼と左翼の戦線は曹昂軍の優勢を覆す事が出来なくなっていた。
このまま、右翼と左翼が壊滅するかと思われたが、其処に曹昂軍の後方から砂埃が立ち始めた。
「おお、間に合ったか」
砂埃を立てていたのは審配率いる騎兵三千であった。
逢紀が使者を放ったが、何人か捕まった。だが、運良く捕まる事無く鄴に到達する者がおり、その者の口から逢紀の策を聞いた審配は急いで騎兵三千騎ほど用意して出陣した。
敵軍を挟み撃ちにするとだけ書かれていたが、詳しい場所までは書かれていなかったので、審配は探索していた。
そんな所に、地雷の爆音が聞こえた。審配はその音が聞こえる所に向かって今に至った。
「急ぎ、若君をお助けする。掛かれっ」
審配がそう命令すると、騎兵は喊声を上げながら曹昂軍の後方に襲い掛かろうとした。
「申し上げますっ。騎兵三千騎程、こちらに向かってきておりますっ。旗は審の字の旗を掲げております」
「審という事は、審配か。ふ~む、敵の伝令を全て捕まえたと思っていたが、まだいたのか」
「どうしますか?」
「後詰は誰が指揮している?」
「高順殿です」
「良し。高順ならば大丈夫だろう。後方の敵は高順に当たらせろっ」
「承知しましたっ」
曹昂がそう命じると、高順率いる二千が審配率いる騎兵三千の迎撃に向かった。
「高順隊が防いでいる間に、決着をつけるぞっ。第二陣の張燕将軍に進軍の合図をっ。そして、本陣も前に出るぞっ。進め!」
曹昂が剣を掲げながら命じると共に太鼓が叩かれた。
その太鼓の音を聞いて張燕が進軍を開始した。
「待ちかねたぞ。者共、続け!」
趙雲が開けた穴を広げる様に攻撃を仕掛ける張燕。
趙雲の勇猛さと張燕の神速の如き用兵により、中央の袁尚軍の前線は崩壊していた。
この地に来るまで、休み無しに駆けていた事で兵達の疲労は頂点に達していた為、数程の働きを示さなかった為だ。
中央の前線が崩壊したという報が袁尚の下に来たと同時に、右翼と左翼も壊走したという報が齎された。
こと此処に至って袁尚は撤退を命じた。
逃げ出す袁尚軍に向かって曹昂は剣を振り下ろした。
「袁尚の首を取るまで追撃せよ‼」
曹昂の叫ぶと兵達は喊声をあげて袁尚軍を追撃した。
同じ頃。
審配率いる騎兵部隊は高順の部隊と戦っていた。
騎兵で数も上という事で、突破できるだろうと高を括っていた審配。
だが、開戦すると高順の巧みな用兵に突破どころか、半包囲される始末であった。
半包囲されている為、審配の部隊は防戦一方であった。
「馬鹿な、敵は我等よりも少ないのだぞ。それなのに・・・」
審配は顔を青くしながら信じられない思いで呟いていた。
「これが、これが陥陣営の力だと言うのかっ⁉」
呂布が冀州に居た頃に高順の名は聞いていたが、審配からしたら呂布に従っている時点で大した事は無いだろうと思い込んでいた。
だが、高順の用兵の上手さに審配は見誤っていたと悟った。
と同時に袁尚軍が撤退するのを遠目だが見る事が出来た。
「ぬうっ、仕方がない。我等も鄴に退くぞっ」
審配は最早、これ以上この戦場に居ても無意味だと分かった様で撤退した。
「将軍。敵が撤退していきますが、どうしますか?」
「不要。殿の援護に回る」
「分かりました。我が隊は本隊と合流するぞっ」
逃げる審配の部隊を見て、高順の側近が高順に訊ねた。
側近は本隊へ合流する事を兵達に命じた。
態勢を整えた高順の部隊は曹昂軍の合流へ向かった。
逃げる袁尚軍を追撃する曹昂軍。
袁尚軍の兵達は逃げるか捕まるかのどちらかという中で、袁尚は多くの犠牲を払いながらも何とか追撃を逃れる事が出来た。
配下の将達も同じであった。
その代わりとばかりに、袁尚軍の兵馬は大地に倒れていた。
血と臓物の匂いが支配する場で、曹昂は高らかに告げた。
「我が軍の勝利だ! 勝鬨をあげよ!」
「「「えいえいおー! えいえいおー!」」」
曹昂軍の将兵達は胸を張りながら勝鬨をあげた。
こうして、斥丘の戦いは曹昂軍の勝利に終わった。
逃げる事が出来た袁尚は生き残った将兵を纏めて、南皮に居る自軍の下に向かった。
向かう最中で袁尚は審配に文を送った。
審配は袁尚が送って来た文を読むなり、顔を顰めた。
文の内容は逢紀が立てた策により、此度の戦は負けた。敗戦の責任により凶臣逢紀に罰を下す。妻子一族を捕縛し処刑せよと。
文を読み終えた審配は流石に浮かない顔をしていた。
郭図の謀略により、一時職を辞する事となり、下手をしたら処刑される所であった自分を弁護してくれた逢紀の妻子一族を自分の手で処刑する事に良い顔をする訳が無かった。
「しかし、これも主命。従わねばなるまい・・・・・・・」
審配はそう呟いて、袁尚の命令に従った。