動きに釣られて
曹昂軍が動くという報は清淵県に居る袁尚の下にも届いた。
その報告を訊くなり袁尚は部将と逢紀を広間に呼び集めた。
「敵は鄴に向かった様だが、どう見る?」
袁尚がそう訊ねると、部将達は首を傾げていたが、逢紀はしっかりと答えた。
「申し上げます。これは敵の挑発にございます」
「挑発だと?」
逢紀の推察を聞いた袁尚は言葉の意味が分からず不審そうな顔をしていた。
「はい。敵は我等と戦おうとせず、鄴に向かった。これは、我等は敵ではないと言いたいのです」
「ぬぅ、小癪な事をしてくれるっ」
袁尚は忌々しそうな顔をしていた。
「ですが、これは好機でもあります。直ぐに城を出て、鄴へ向かった曹操軍を攻めましょう。加えて、鄴に居る審配とも連絡を取り敵を挟み撃ちにすれば我が軍の勝利は間違いありません」
「そうだな。良し、それでいくぞ」
逢紀の献策を聞いて袁尚はその策を行う事にして、行動を開始した。
逢紀は使者に文を渡して、一足先に城を出立させた。
数日後、袁尚軍は全軍を率いて鄴へ向かった曹操軍へ追撃した。
南皮県から昼夜休み無しで駆けていた所に、また駆ける事になり袁尚軍の兵馬は疲れていた。
「急げっ。ぐすぐずしていると、鄴が敵に取られるぞっ」
疲れている兵達に逢紀が檄を飛ばした。
(一日でも早く曹操軍に追いつかねばっ)
逢紀の胸の中にはその様な思いがあった。
そう思う理由は鄴には自分の妻子がいるからであった。
妻子を助けたいという思いで、兵達を急がせた。
途中河があったのだが、逢紀は舟を探す時間も惜しいと思ったのか浅瀬を探させて渡らせた。
お蔭で兵馬は水で身体を濡らした。
季節は春ではあるが、それでも河の水は冷たかった。
兵馬は身体を冷やし身震いしていたが、それでも進軍は止まる事はなかった。
一刻も早く曹操軍を追い付こうとしたからだ。
全軍が河を越え、全力で駆けていた。
そうして駆けていく先にいたのは、横陣を敷いた曹昂軍であった。
「なっ、どうして、敵軍が此処に居るのだ⁉」
布陣している曹昂軍を見た袁尚は訳が分からず叫んだ。
袁尚が叫んでいるのと同じ頃の、曹昂軍の本陣。
本陣に居る曹昂は袁尚軍を見るなりほくそ笑んだ。
「良し。上手く言ったな」
「まさか、殿の予想通りにいくとは思いませんでした・・・」
袁尚軍を見た趙儼は此処までいくとは思わず目が飛び出しそうな程に驚いていた。
「趙儼殿の気持ちは分かります。私も殿に仕えて長いですが、殿の戦は良く此処まで上手くいくなという思いしかありません」
劉巴が頷きながら言うのを聞いた曹昂は内心で前世の記憶があるからだよと呟いていた。
だが、鄴に向かうと見せかけて、この地に布陣したのは曹昂の判断であった。
お蔭で逢紀が出した使者を捕まえる事が出来た。それにより、挟撃される心配は無くなった。
「右翼の呂布。左翼の陳到。中央の趙雲に伝令を送れ。後は手筈通りにする様にと」
「「はっ」」
曹昂の命令に従い劉巴達は伝令を走らせた。
曹昂軍を見た袁尚軍は慌てて陣形を整えた。
その間、曹昂軍は攻撃を仕掛ける事はしなかった。
ようやく、袁尚軍は陣形を整えた。
右翼は張顗一万。左翼に梁岐一万。中央は袁尚が三万の兵がという横陣が敷かれた。
対する曹昂軍は右翼と左翼を一万ずつ与えられ、中央は八千。後詰に二千ほど居た。
「数は我等の方が多い。一気に突き崩せ!」
袁尚がそう命じて太鼓を叩かせた。
その音に合わせて進軍する袁尚軍。
対する曹昂軍は右翼と左翼は進軍するが、中央は後退を始めた。
一戦も交えず下がるのを見て袁尚は嘲笑した。
「敵が退いたぞ! 攻め立てよ!」
袁尚がそう命じたが、逢紀が止めた。
「袁尚様。敵の動きが怪し過ぎます。此処は動かず、相手がどう動くのか見ましょう」
「何を愚かな事を言っている。敵の狙いなど分かりきっているだろうっ。敵は我が軍の右翼と左翼を打ち破り次第、三方から攻撃する気でいるに決まっているであろうっ」
「そうかも知れませんが、まだ断定するのは早いかと思いますっ」
「私がそう思ったのだから、敵もそう考えているに決まっているだろうっ。早く、太鼓を叩けっ」
袁尚が怒声交じりにそう命じると、太鼓が叩かれて中央は前進を始めた。
下がる曹昂軍を追い駆ける袁尚軍。
このままでは、右翼と左翼が打ち破る前に中央が押し潰されそうであった。
袁尚軍の兵達も徐々に近付く曹昂軍を見て得物を持つ手に力が入った。
後少しで曹昂軍に刃が届くという所。
突如、地面から爆炎が砂埃と土を舞い上げながら起こった。