●●●●の起源と言われている
許昌を出陣した曹操は十万の兵と共に北上した。
袁尚は曹操の来襲まで考えていなかった様で、黎陽の備えを怠っていた。
黎陽は曹操軍の攻撃に僅か一日で陥落した。
鄴への橋頭保を確保した曹操はその勢いに乗り、鄴から五十里ほど離れた洹水の地に着陣していた。
陣地は形成されており、見張り台には既に兵が何人も詰めており、陣地周辺は警邏の兵が忙しそうに警戒していた。
警戒態勢が敷かれている曹操軍の陣地。その陣営の中にある広い場所では、曹操を含めた家臣と兵達が囲んで何かを観戦していた。
鎧を脱いだ曹操軍の兵達が転がる球を追い駆けていた。
その追い駆ける兵達の袖にはそれぞれ赤と黒の布が巻かれていた。
色違いの布を腕に巻いている兵達は二十四人おり、その者達は必死な表情で球を追い駆けていた。
追い駆けていると、兵達の身体はぶつかる。何人かが転ぶが、それでも、球を追い駆け続けていた。
赤い布を腕に巻いた兵の一人が球を足で拾い蹴りながら走ると、黒い布を腕に巻いた兵達が球を奪おうと果敢に奪おうとしていた。
曹操が観戦している席には、家臣達以外に側室の卞蓮と曹昂も居た。
「当たれ、当たれ‼」
「そっちに球を渡せっ。違う。そっちじゃないっ」
「行け行け‼ そのまま門まで行けっ」
観戦している家臣達は興奮しながら、兵達を応援していた。
曹操は卞蓮の酌を受けながら楽しそうに観ていた。
「どうだ。蓮。中々、面白いであろう」
「ええ、そうね」
曹操と一緒に観戦している卞蓮は同意していた。
曹操から少し離れた所で観ている曹昂は面白そうに観ていた。
(意外に激しいんだな。蹴鞠って)
初めて蹴鞠を見た曹昂はそう思った。
曹昂の中で蹴鞠と言えば、どうも前世の記憶にある八人または六人で一グループとなり、鞠を地面に落とさないように蹴り合い、その回数を競うというものであった。
曹操がこの地に布陣して陣地が出来上がるなり「蹴鞠をするぞ」と皆に言ったので、最初、蹴鞠をするという余裕さを敵に見せつけるのだと思っていた曹昂。
だが、行われたのは激しい頭突きと体当たりと足を引っ掛けるのもあり、誰が怪我しようと一時中止する事もない激しい競技が行われていた。競技をする場所は壁で区切られており、東西の壁際には網が張られた門が置かれていた。
その門に向かって、それぞれの兵達は球を運んで蹴り入れたりしていた。
この競技を見た時、曹昂はサッカーに似ているなと思った。兵達が手を使っていなかったので、余計にそう思うのであった。
曹昂は知らなかったが、元々蹴鞠とは軍事訓練の一環として行われていた。
春秋時代の斉が馬に乗らない兵に体力を付ける為に行われていたと言われており、漢代には十二人一チームで対抗して鞠を争奪し「球門」に入れた数を競う遊戯として確立し、宮廷内で大規模な競技が行われていた。
この蹴鞠は現在のサッカーの起源であるという説があるが、他にも幾つかの説が存在する。
有名なのは八世紀頃のイングランドで戦争に勝利すると敵の将軍の首を切り取って蹴りあい、勝利を祝うという習慣があった。
それが大衆の間に広まり、首に見立てた球体を蹴って決められた地点まで運ぶ「遊び、祭り」が起源と言う説。
八世紀以前のイタリアには、宮廷の門でボールを蹴りあい金を賭ける遊びがあり、それが「カルチョ」と呼ばれている。
数名の男が球を蹴り合う格闘技の要素はあるが、そのカルチョが起源という説などがある。
余談だが、日本で根付いた蹴鞠は仏教伝来と共に渡来したもので、その頃にはルールが多様化していた。
その内の一つで、一人または集団で地面に落とさないように球を蹴る技を披露するものがあり、それが日本に根付き日本独自の蹴鞠に発展したのであった。
国によって違うのだなと感心しながら観ている曹昂に曹操は機嫌良さそうに笑い掛けていた。
「どうだ。子脩よ。初めて蹴鞠を見た感想は?」
「これほど激しくぶつかり合う競技というのは中々見られないので楽しいですね」
「蹴鞠は良いぞ。兵を鍛えるのに持って来いの訓練になるからな」
曹操は本当にそう思っている顔でそう言った。
余談だが、曹操は蹴鞠が好きなのか、兵の練兵に蹴鞠を重視していた。
「父上。楽しむのも良いですが、鄴の方はどうなっているのですか?」
「其処は抜かりない。鄴の守備に残っている審配と蘇由という者だが、既に蘇由はこちらに寝返るように文を送った。もう袁尚を裏切ると返事は貰っている」
「では、この後はどうするのですか?」
「袁尚が来る前に鄴を落とすか。それとも、何処か城を落としてから鄴を攻め落とすか。お前はどうする?」
「そうですね・・・・・・」
曹操の問い掛けに曹昂は少し考えた後、答えた。
「蘇由という者が本当にこちらに寝返るかどうか分かりません。ですので、鄴を攻めるのは止めた方が良いと思います。ですので、此処は袁尚が戻って来るまで挑発するのが良いと思います」
「それは、つまり他の城を落とせという事か?」
「はい。守る所が増えるという問題はありますが、袁尚軍を倒せば問題ありません」
「ふむ。そうだな。まぁ、もう少し様子を見ても良いか」
曹操は蹴鞠の観戦に戻った。
これ以上話しても無駄だと思い、曹昂も観戦に戻った。
少しすると、競技が終わると曹操は勝利した組の兵達を称えて恩賞を渡した。