もう居てもおかしくないのか
宴が終わった十数日後。
曹昂は自分の屋敷で三毒の報告を訊いていた。
「益州はどうなっている」
「はっ。漢中に居る張魯は兵を出して攻め込んでいる様ですが、劉璋配下の武将に撃退され郡境を越える事は出来ていない様です」
「宗教の信者で一軍を指揮できる者など、そうそう居ないからな。仕方がないな」
むしろ、黄巾党の様に一軍を指揮して官軍と戦える者が居る事がおかしいのだと思う曹昂。
「揚州の方は如何であった?」
「はっ。陳登殿に撃退された事で、周瑜と孫権は今まで以上に軍備と兵の調練に力を入れる様になったと、現地に居る者からの報告です」
「そうか。しかし、まさか孫権が攻め込んで来るとは思わなかったな」
これは流石に想定していなかったので驚きが一入であった。
もし、孫権が攻め込んで来なかったら劉備を討ち取れたかもしれなかったので、余計に惜しいと思っていた。
「そう言えば、劉備が劉表の下に行く事になった経緯は分かったか?」
「はっ。調べました所、劉備と劉表の利害が一致した事で、劉備は劉表の食客になった様です」
「利害の一致?」
劉備からしたら、劉表の庇護を受ける事で命を助けて貰い、当座の生活に困らない様になるが、劉表からしたら劉備を庇護下に置いて得る利益が何なのか曹昂には分からなかった。
「現在、劉表は南部四郡を平定したばかりで、今だ主力を南部四郡の治安維持に当てております。その為か、劉表の本拠地である襄陽がある南郡には賊が跋扈しているそうです。兵を出そうにも、東の孫権、西の劉璋にも兵を割かねばならないので、賊討伐に当てる兵が満足に用意できなかったそうです。其処で劉表は庇護下に置く代わりに、劉備に賊の討伐をする様に要請しているそうです」
「要請って、住む所を与えられて食うに困らない様にして置いて、断れない様にしているだけだろうに」
報告を訊いて曹昂は劉表は劉備を受け入れた理由が分かった。
番犬の代わりにするつもりだと分かり、劉表の腹黒さに曹昂は舌を巻いていた。
(まぁ、河北の平定が終わった後に攻め込めば問題ないか)
報告を訊き終えた曹昂は報告した三毒の者を下がらせて、一息ついた。
「・・・・・・今日はする事無いし、久しぶりに妻の所に顔を出すか」
曹昂は席を立とうとした所で、使用人が部屋に入って来た。
「申し上げます。丞相が屋敷の門前に来て、お会いしたいと申しております」
「父上が? 何の用だろう?」
曹操が来た理由が分からず、曹昂は首を傾げた。
考えても意味が無いと思い、使用人に部屋に通すように命じた。
少しすると、使用人が曹操を連れて戻って来た。
「これは、父上。本日は何用で?」
「うむ。少しお主に話したい事があってな」
何の話なのか気になる所ではあるが、取り敢えず、曹操に座って貰い使用人に下がるついでに、茶の用意を命じた後、曹昂も席に着いた。
「して、話とは?」
「また新しい妾を手に入れたのでな。その報告に来たのだ」
「妾を手に入れたのであれば、私に言わなくても良いと思いますが」
曹操の妾がどれだけできようが、曹昂からしたら別に知らなくてもいいことであった。
それを話すという事に、また何かあるなと予想する曹昂。
「うむ。実はな。その新しく妾にした者はある者の妾で子を持っていてな。その子も養子にするからな。新しい義弟が出来るので話に来たのだ」
「義弟ですか?」
妾を娶るついでに、養子にすると聞いて曹昂は誰を妾にしたのか分かり内心で納得していた。
娶ったのは何進の子の妻で後に夫人となる尹氏で養子になったのは何晏だという事に。
(何晏って、何進の孫だとか何進の弟の何苗の孫だったとか言われているけど、実際の所は如何なのだろうな?)
曹昂が知る限りでは、何進にも何苗にも子はいた。
だが、洛陽の政争で何進も何苗も謀殺されたので、家族がどうなったのか分らなくなった。
行方が分からないのによく探し当てたなと思いつつ、曹操に話し掛ける曹昂。
「して、その妾と子の名は?」
「妾の名は尹柳と言い、子は何晏と言うんだ」
「ふむ。どういう経緯で娶ったので?」
「それはだな、何晏の母である尹柳は元は何進の子で何咸の妻であったのだが、洛陽での政争で何進が死んで何咸は妻と共に洛陽から逃げ出したのだ。その後、夫婦で色々な所を移り住んでいたんだが、去年夫の何咸が病に罹って亡くなったそうでな。子がいるので、再婚するのも大変なのか苦労した様でな。私の手の者に探させてようやく見つけた頃には、祖父の何進の伝手で南陽郡のある県で母と子が何とか暮らしていける程度の暮らしぶりだったそうだ」
「その尹夫人を探していたのですか?」
「うむ。何進に仕えていた頃、何度か会った事があってな。これは欲しいと思ってな。洛陽から逃げ出したと聞いて、信頼できる者に探させていたのだ」
「・・・・・・それで妾に迎えたのですね」
この父は、時折気に入った人に対しては凄い執着する所があるなと思う曹昂。
「まぁな。久しぶりにあったが、初めて会った頃と変わりない美貌であったぞ。息子も中々の美形であったな」
「左様で。ちなみに、その何晏は何歳ですか?」
「確か百九十年生まれと聞いたから、今年で十一歳だな」
「植の二つ上になりますね。仲良く出来るでしょうか?」
「大丈夫だろう。ただ、問題が一つ起こったのだ」
「問題ですか?」
そう言えば、史実では曹丕が何晏の事を嫌っていたと思い出す曹昂。
曹丕が何か言っているのかと思ったが。
「薔と蓮が子持ちの未亡人を連れて来た事に怒っていてな。何とか宥めようとしたのだが、私では手が足りん。と言う訳で、手を貸せ。息子よ」
「はい。分かりまし・・・・・・それで報告に来たのですか⁉」
つい返事しそうになったが、曹操が何故報告に来たのか分かり曹昂は大声をあげた。
「一人目は許してくれた様だが、流石に二人目は許してくれない様でな。何とか宥めてくれ」
「父上が何とかして下さいよ!」
「父への孝行と思って助けよ。そうしたら、今度お前が何か問題を起こしても、目を瞑ってやるから」
「・・・・・・本当に目を瞑ってくれます?」
断ろうと思ったが、問題を起こしても目を瞑ってくれると聞いて曹昂はこれは何か使えると思い考えを改めた。
「うむ。漢に二言は無い」
「では、誓紙に書いて貰いますね」
「疑り深い奴だな。それで、二人を宥めてくれるか?」
「勿論です」
「分かった」
曹操の返事を聞いて、曹昂は使用人に筆と紙の用意させて、曹操に書いて貰った。
「ほれ、書いたぞ」
「確かに」
書き終えた曹操が曹昂に誓紙を渡した。
誓紙を受け取った曹昂は笑みを浮かべた。
「では、二人を宥めにいきましょうか」
「うむ。助かる」
曹昂は曹操と共に屋敷へと向かった。
怒る丁薔達に時間は掛かったが何とか宥める事に成功したが、終わる頃には夜になっていた。
本作では尹氏は何進の子の妻で、何晏は190年生まれとします。