何とかの一つ覚え
曹操軍南下す。
その報は直ぐに劉備の下に齎された。
「曹操自ら軍を率いてくるか・・・」
報告を訊いた劉備はどうするべきか頭の中で考えていた。
「我が軍は一万。戦力差は五倍か」
「流石に我等だけでは勝てないでしょうな」
簡雍と孫乾はあまりの戦力差に頭を悩ませていた。
「殿。此処は籠城して、敵の勢いを削ぐのが良いのでは?」
糜芳が現状を考えた進言をしたが、劉備は返事をしなかった。
「敵は五万だぞっ。守っているだけでは勝てる訳が無いだろう!」
糜芳の進言を訊くなり、張飛は大声で駄目だしした。
「では、張飛殿は何か案がお有りで?」
糜芳の案を却下したので、何か考えがあるのではと思い訊ねる麋竺。
すると、張飛は自信ありげに答えた。
「そんなの決まっているだろう。奇襲を仕掛けるんだ! 全軍を持って曹操軍を奇襲してある程度の損害を与えた後で籠城する! そうすれば、敵を撃退できる筈だ!」
張飛が自分の策が最良だと言わんばかりに声を大にして言った。
それを聞いて劉備を含めた他の者達は頭を悩ませていた。
張飛の策は確かに現状で考えられる策としては良策だと言えた。
ただ、今まで張飛の策があまり上手くいった事が無かったので、劉備達は頭を悩ませていた。
「殿。此処は何処かの勢力と同盟を結んで、援軍を乞うのです。その援軍が来るまでの間籠城するのが良いと思います」
孫乾が提案すると、劉備はこちらでも良いかもしれないなと思った。
「同盟を結ぶとすると、曹操に対抗できる勢力を持っている者という事になるな。だとすれば、劉表殿か」
荊州を治める劉表と同盟を結ぶ事に劉備は考えたが、張飛が大声で話に割り込んだ。
「駄目だ駄目だ! それは駄目だ! 以前、袁紹と同盟を結んだ時の事を忘れたか‼」
張飛の反対の意見を聞いて、劉備達は唸った。
以前、劉備が徐州を領有していた時に、亡き袁紹と同盟を結んだのだが、袁紹は援軍を要請しても応じる事は無かった。
それが曹操に徐州を奪われた原因の一つと言えた。
「劉表も袁紹の様に適当な理由をつけて援軍を送らないかも知れないだろうっ。そんな他人を当てにするぐらいなら、我等だけで敵にあたるべし‼」
張飛は援軍を乞う事に力強く反対してきた。
簡雍達も張飛の言葉を聞いて、援軍を乞うべきだと言うのを躊躇っていた。
「……そうだな。他人を当てにして痛い目に遭ったのだ。それと同じ愚を犯す事は無かろう」
劉備は立ち上がると、手を振り上げた。
「城を守る最低限の兵のみ残して、残りの兵で曹操軍を奇襲する‼ 皆の者、準備せよ‼」
「「「はっ」」」
劉備が張飛の案に乗ると言うと、家臣達は反対する事なく受け入れた。
そして、劉備は九千の兵と張飛、糜芳、龔都、簡雍を連れて出陣した。
劉備が城を出陣した頃。
曹操は行軍を止めて兵馬を休めていた。
兵馬を休めつつも、間者を送り情報収集は怠る事はしなかった。
小休止を取りながら、曹操は参謀の程昱と荀攸と曹昂と話をしていた。
「劉備達はどの様な手で来ると思う?」
曹操が三人に問い掛けると、程昱達は少し黙り考え込んだ。
最初に考えが纏まったのは荀攸であった。
「劉備が取れる策と言えば、籠城するか同盟を結び援軍を乞うかの二つでしょう」
荀攸の意見に曹操もそれしかないなと思い頷いた。
「いやいや、荀攸殿。劉備の状況を考えればそうでしょうが。劉備は尋常な者ではありません。ですので、まずは奇襲を仕掛けて来る筈です」
程昱が恐らくこうするだろうと思いながら発言した。
「奇襲だと?」
「はい。まずが我が軍に出来るだけ打撃を与えて、その後で籠城するのです。さすれば、普通に籠城するよりも士気が高く、我等の士気も低下するでしょうから、十分に守り切れるでしょう」
程昱の推察を訊いた曹操はそれも有り得るなと思った。
「私も程昱殿の意見に賛成です」
曹操がそう思っている所に、曹昂も程昱の意見に賛成した。
「子脩もそう思うか?」
「はい。劉備は袁紹と同盟を結んだ事がありましたが、その時は袁紹は個人的な事情で援軍を送る事はしませんでした。その時の事が尾を引いて同盟を結ぶ事を躊躇うと思います。加えて、張飛が居ますからね」
「う~む。それも言えてるか」
曹操と曹昂の中で、張飛と言えば突撃と奇襲としか言わないという印象が強かった。
「であれば、劉備軍は奇襲をしてくると見た方が良いな」
「そうだと思います」
劉備の現状を考えるとそうだろうなと思う曹昂。
「では、劉備軍の奇襲を防ぐにはどの様な策がある?」
「丞相。それには私めに策がございます」
程昱が胸に手を当てて名案ありとばかりに言う。
そして、程昱が案を述べると、荀攸も反対せず賛成したので、曹操もその案に乗り、直ぐに行動を開始した。
数日後。
劉備率いる軍勢は偵察を出して、曹操軍が布陣している地を探しだし見つけた。
その報告を訊くなり、劉備は剣を掲げた。
「これより曹操軍の陣地を攻撃する‼ 全軍、攻撃準備せよ‼」
劉備の号令に従い、兵達は準備した。
その準備が終わると、時刻は夜になっていた。
しかも、丸い月が夜空に浮かび月明りで道がはっきりと見えていた。
「今宵は満月か。運が無いな」
「いや、満月だからこそ、敵の警戒が緩むかもしれないぞ」
糜芳が空を見上げながら、ついていないという顔をすると、龔都は敵も満月の時には攻撃してこないだろうと考えて警戒が緩むかもしれないと言った。
それを聞いた糜芳は有り得るなと思い頷いていた。
二人の話が聞こえたのか、張飛は我が策なれりとばかりに笑っていた。
既に罠が張り巡らされているとも知らずに。