元より上手くいくとは思っていなかった
荊州南陽郡穣県。
県城の大広間に陳珪の姿があった。
既に広間には劉備の主だった家臣達がおり、皆陳珪を睨みつけていた。
劉備達が徐州から出て行く事となった要因でもある陳親子の一人が目の前に居るのだから、怒るなと言われても無理と言えた。
特に張飛は今にも切って掛かりそうな程に憤っていた。
恨みがましい目をしている張飛達の視線を浴びても、陳珪は堂々としていた。
そして、ようやく劉備が姿を見せた。
「久しぶりだな。陳珪。元気そうで何よりだ」
「はっ。皇叔。お久しぶりにございます」
別室から広間に入った劉備は上座に座ると、陳珪と挨拶を交わした。
陳珪は挨拶を交わしながら、劉備を観察していた。
(少し顔色が悪いような。う~ん、関羽殿が曹操殿に降った事に気落ちしているのか?)
劉備の顔色を見ながら考察する陳珪。
「・・・・・・して、陳珪殿。今日は何用で参ったのだ?」
陳珪が話し掛けてこないので、焦れたのか劉備が話し掛けて来た。
「失礼いたしました。本日は丞相の命令でこの地に参りました」
劉備の声を聞いて考えるのを止めた陳珪は曹操の命令で来たと告げた。
曹操の命令で来たと聞いて、張飛達はざわついたが、劉備が手で静止させた。
「曹操がお主にどの様な命を下したのだ?」
劉備は曹操がどの様な命を下したのか訊ねた。
「はっ。この地には夏侯一族に連なる夏侯淑姫という者が居るそうですな。丞相はその者の返還を求めております」
「なにっ、淑姫の返還だと⁉」
陳珪の答えを聞いて、劉備よりも張飛の方が早く反応した。
「はい。丞相の親戚の者を何時までも、逆賊の側においてはおけぬという事で、私が返還を求める様に使者となりました」
「な、なんだと~~~」
陳珪が曹操に命じられた事をそのまま言うと、張飛は顔を真っ赤にして柄に手を掛けており、今にも剣を抜きそうであった。
「抑えよ。張飛っ」
「ぐっ⁈ くそ・・・」
劉備に宥められ、張飛は歯ぎしりしながらも柄から手を離した。
「陳珪。お主の言う事は分かった。だが、あの者は都での安楽な暮らしを捨ててまで張飛の下に来たのだ。愛する二人の仲を裂くなど断じてさせる事はできん」
「兄者・・・」
劉備が陳珪の要請には応えられないと言うと、張飛は嬉しそうに顔を緩ませた。
「・・・分かりました。丞相にはそう申しておきます」
陳珪はこうなるだろうと予想していたので、特に落胆する様子を見せなかった。
「では、これで」
「待て」
陳珪は一礼しその場を後にしようとした所で、劉備が止めた。
「何か?」
「いや、陳登殿は元気なのか?」
「はい。今も徐州を見事に治めております」
「そうか」
陳登の近況を知り劉備は安堵した表情を浮かべた。
城を後にした陳珪は城の外で待っていた護衛の兵と合流して許昌へと戻った。
許昌に着くなり、直ぐに丞相府へと向かった。
「そうか。劉備は返還を断ったか」
「はい。・・・・・・ゴホ、ゴホゴホ・・・・・・」
曹操に報告した陳珪が咳き込み始めた。
「どうした?」
「ゴホ、ゴホ・・・いえ、老骨に長旅は堪えたようで、少し調子が」
「それはいかんな。医官に見て貰ったらどうだ?」
「いえ、お気になさらずに。それでは、わたしはこれで・・・ゴホ」
陳珪は一礼し部屋を出て行く時も咳き込んだ。
曹操は少しだけ心配したが、今は劉備に攻め込む準備の方が大事だと思い、そのまま放っておいた。
十数日後。
曹操は五万の大軍を持って劉備が居る穣県に進軍した。
その翌日に陳登からの文が許昌の留守居役をしている荀彧の下に届いた。
文には、任務から帰って来た陳珪が故郷で隠居所にしている下邳国淮浦県にて病により亡くなったという事が書かれていた。
陳登は父の喪に服する為、職を辞すると書いてあった。