厳し過ぎるので
司馬防に入っても良いと言われたので、屋敷に入る曹昂達。
屋敷に入るなり、中庭で驚くべきものがあり、曹昂達はそれを見て目をパチクリさせていた。
中庭に台が置かれており、その台には二十代の男性が縄で括りつけられていた。
その男性は司馬防に似ており、鷹の様に鋭い目つきを持ち線の細い顔立ちであった。
身の丈は七尺五寸ほどあり、口の周りが円を描いているかのように髭を生やしていた。
その男性の側には同年代と思われる男が居た。
こちらは少し垂れた目をしており、人が良さそうな顔立ちをしていた。
身の丈は台に縛られている男性と同じ位だが、こちらは口髭が少しだけ生えていた。
その男達の側には使用人と思われる者達が棒を持っていた。
曹昂達はどういう状況だ?と思いながら見ていると、司馬防が屋敷に入ると同時に使用人が門を閉めた。
門が完全に閉じられると、司馬防は台の傍まで向かった。
「ち、父上。どうか、この縛めを解いて下され」
台に縛られている男性が司馬防に必死に懇願していた。
「ならん。お前は家名に泥を塗った。その罪は許し難い。よって、棒叩き百回を甘んじて受けよ」
司馬防は厳かに男性にそう告げた。
そう告げられた男性は情けない顔をしていた。
「父上。兄上にも考えがあっての事だと思います。ですので、棒叩き百回はあまりに酷だと思います」
台に縛られている男性の側にいる男が司馬防に宥める様に言う。
その言葉を聞くなり司馬防は男を睨みつけた。
「誰が発言しても良いと言った! いらぬ事を言うな!」
「も、申し訳ございませんっ」
司馬防の刃の様に鋭い怒声を浴びた男は身体を震わせた後、頭を下げた。
今の三人のやり取りを見て、曹昂は男性と男が誰なのか何となくだが察した。
(多分、台に縛られているのが司馬懿で。その司馬懿の側にいるのは弟の司馬孚だろうな)
三人のやり取りからそう判断する曹昂。
司馬懿が縛られているのは、恐らく仕官の話を蹴ったから、こうなっているのだと予想した。
(司馬家では話=折檻という事になるのか? 恐ろしいな。まぁ、司馬防は息子達が成人した後であっても、言いつけが無ければ部屋に入ることも、座ることも、発言することも許されなかったっていうぐらい厳格であったという話があるからな)
おっかないなぁと思いながら親子のやり取りを見ている曹昂。
「・・・・・・だが、叔達の言葉にも一理ある。仲達、お前は何か考えがあって、仕官の話を蹴ったのか?」
司馬防はそう司馬懿に訊ねた。
司馬懿は発言する前に、唾を飲み込んだ。
この発言で自分の身がどうなるか決まるので、慎重を期して頭の中で何を言うか考えていた。
「・・・・・・我が司馬家は殷王司馬卬の末裔です。漢王朝から代々の恩寵を受けて参りました。その漢は曹操という逆賊に支配されているのです。その様な朝廷に仕えるつもりはありません」
この場に曹昂が居ると分からないであろうが、それでも誰が聞いているか分からない所で、曹操の事を逆賊と断言する司馬懿の肝の太さには曹昂は関心していた。
護衛についている趙雲達は司馬懿の言葉にムッとしたのか、剣の柄に手を掛けていたが、曹昂が手で止めた。
「つまり、お前は漢の為に丞相に屈したくなかったから、仕官の話を蹴ったと言う事か?」
司馬防がそう訊ねると、司馬懿はその通りとばかりに頷いた。
「では、私と伯達が朝廷に出仕している事はどう思っているのだ?」
「兄上は兄上の。父上は父上のお考えがあっての事でしょう。であれば、私如きが口を挟む事はありません」
司馬懿は司馬防の問い掛けに、何か考えがあるのだろうと思い何も言わないと答えた。
その返事を聞いた司馬防は黙り込んだ。
司馬懿は説得が通じたかなと思っていたが。
「・・・・・・この愚か者っっっ‼‼‼」
司馬防は大きな声で怒鳴った。
その声の大きさに、その場に居る者達は耳を痛くした。
「貴様、大層な事を言っておいて、本当はただ怠けたいだけであろう!」
司馬防はそう言うと、司馬懿の眉が僅かに動いた。
「貴様は息子達の中で一番の才能に恵まれていたが、その反面飽きるのが早かったからな。何をしても退屈そうな顔をしていたな」
「そ、そうでしょうか・・・・・・」
「漢の為に丞相に屈したくないという事を言いながらも、本当は仕官などしないで家で怠けたいだけであろろうっ」
司馬防の言葉に司馬懿は何も言えなかった。
二人の話を聞いていて、曹昂はある事を思い出した。
(そう言えば、司馬懿って仕官の話を蹴った後、七年間家に引き籠もっていたって本に書いてあったな)
曹昂はてっきり家に引き籠もっていたのは自分の才能を如何に高く売り込む時期を見計らっていたのだろうと思っていたのだが、今の司馬親子のやり取りを見ていると、司馬懿は最初から働く気が無かったのではと思ってしまった。
(出仕する事になった経緯も、曹操が刺客を放ったとか、結婚して子供が出来たからという話もあるからな)
要は其処まで追い詰めなければ、司馬懿は働くつもりは無かったのではと思えて来た曹昂。
「良かろう‼ そんなに家に居たければ、棒叩き三百回打たれても生きていれば、好きなだけ家に居るが良い!」
司馬懿の腹の内が分かった司馬防は大声でそう宣言した。
「三百っ、それはっ」
「問答無用。始めよ!」
司馬懿は言葉を切るように、司馬防は棒叩きをする様に合図を送った。
棒を持っている使用人達は屋敷の主の命令なので、司馬懿に申し訳なさそうな顔をしつつも棒を振り上げた。
「待たれよ。建公殿。御家の事情とは言え、あまりに酷だと思うのだが」
棒が振り下ろされる瞬間、曹昂の声が響いた。
その声を聞いて、使用人達は棒を止めた。
「これは我が家の問題。子脩殿は口を挟まないで頂きたい」
司馬防は司馬懿への怒りが抑えきれないのか、鼻息を荒くしていた。
「建公殿の言い分も分かるのですが、その仲達殿は父が推挙した者です。三百回も叩かれて死なれては困ります」
「では、どうするべきでしょうか?」
「私に一つ考えがあります」
曹昂は司馬防に自分の考えを話し出した。
厳格と言われている司馬防が司馬懿を七年間も引きこもりを許したのが、作者としては謎なんですよね。