改めて見ても怖い
曹操の命令により、司馬懿の事を調べる事になった曹昂。
(まぁ、許昌に居ても調べようがないから、司馬の家に行かないといけないんだよな)
曹昂は護衛として陳到と趙雲を連れて、司馬懿が暮らしている家に向かう事にした。
屋敷に戻り旅支度をしていると、劉吉が曹昂の下を訪ねて来た。
「旦那様。何処かにお出掛けですか?」
「ああ、ちょっと司隸河内郡温県に行く用事が出来てな」
「河内郡ですか。・・・あの、私も同行しても良いでしょうか?」
「何故?」
「前から世話になった寺に行き、一言礼を述べたいと思いまして」
「世話になった寺という事は洛陽にある寺に行くという事になるな」
「無理でしょうか?」
劉吉が曹昂の顔色を窺うように訊ねて来たので、曹昂は手を止めた。
(洛陽は河南尹にある。丁度、河内郡に入る前に通るな。通り道だから、特に問題ないか)
護衛の兵をつければ問題無いかと判断した曹昂は軽く頷いた。
「特に問題無いので、構いませんよ」
「ありがとうございます」
曹昂が同行を認めると、劉吉は礼を述べた。
数日後。
急遽劉吉を連れて行く事になったので、曹昂は父曹操に兵を借りる事にした。
曹操より三百騎の兵とそれを指揮する将として曹純を借り、護衛の趙雲と陳到に加えて蔡琰と程丹も付いて来る事となった。
道中暇になるだろうと思い、曹昂は愛鳥の重明も連れて行く事にした。
一行は許昌を出立すると、西へと進んだ。
整備などされていない道を進みながら、曹昂は肩に乗る重明の相手をしていた。
「ピィィ、ピィワー」
「良し良し。此処の所忙しくて相手が出来なくて悪かったな」
曹昂の肩に乗る重明が甘えてくるので、曹昂は重明の腹を撫でていた。
此処の所相手をしていなかったからなと思いながら愛鳥の相手をしていると、曹純が馬を近付けて来た。
「子脩。聞いても良いかな?」
「何でしょうか。子和殿」
曹純が話し掛けて来たので、曹昂は重明の相手をするのを止めて曹純を見た。
「皇女様を洛陽に連れて行くのは良い。私がその護衛をするのも問題無い。だが、君が十数人だけで司馬家に行くのはどうかと思うが?」
曹純はもう少し護衛の兵を連れて言っても良いのではと思い述べた。
「司馬懿がどうしているのか調べるだけに行くのですから、あまり多いと面倒な事になりかねませんので」
「そうかも知れないな。だが、君は孟徳兄さんの長子だ。兄さんの後を継ぐのは君なのだから、もう少し身辺を守る事に気を使うべきだと思う」
「つまり、護衛の数を増やせと?」
「そうだ」
曹純はそう言うものの、曹昂としては趙雲と陳到の二人が居る時点で十分だと思っていた。
(あまり多くても、何処かに行きたい時に不便な事もありそうだしな。それに、趙雲達がいれば刺客に襲われても大丈夫だと思うが)
と思いつつも心配してくれる曹純の気持ちを無下にするのも無体だと思い、曹昂は「其処の所は父上と相談して決める事にします」と言ってその場を収めた。
それから更に数日後。
曹昂一行は洛陽に辿り着いた。
洛陽の門前に着くと、曹昂は馬車から降りている妻妾達と話をしていた。
「私の方の用事が終わるまで、洛陽に居る様に。くれぐれも、子和殿に我儘を言わない様に」
「はい。分かりました」
「お早い御帰りを」
曹昂の言葉を聞いて劉吉と程丹は頷いた。
そして、曹昂は蔡琰を見た。
(・・・・・・未だに慣れないな)
曹昂は蔡琰を見ていると、どうも前世の従姉を思い出すせいか、他の妻妾達に比べるとすんなりといかなかった。
「旦那様」
「何かな?」
「お早い御帰りを」
「ああ、分かっている」
曹昂は蔡琰の手を取った。
手を取られた蔡琰は何を言うのだろうという顔をしながら、曹昂の顔を見た。
「・・・・・・屋敷に帰ったら、貴女の琴の音が聞きたいのだが、いいだろうか?」
曹昂は蔡琰の琴を聞きたいと言うと、蔡琰は目を丸くした後微笑んだ。
「はい。喜んで」
蔡琰の笑顔を見て、曹昂は笑みを浮かべた。
そんな二人を見て周りに居る者達は生温かい目で二人を見ていた。
周りからの視線に気付いた曹昂は咳払いをした後、趙雲と陳到と護衛の兵数十人を連れてその場を後にした。
洛陽を北上し、暫く進み続けた数日後。
曹昂は司馬家がある河内郡温県に辿り着いた。
「此処が温県か」
「此処に司馬懿がいるのですね」
「直ぐに探しましょうぞ」
県内に入ると、趙雲達は直ぐに家が何処にあるのか探そうと言うのを聞いた曹昂はその意見を聞き入れて、そこら辺にいる人に司馬家は何処にあるのか聞くと、すんなり道を教えてくれた。
その教わった通りの道を進むと、大きな門を塀に囲まれた屋敷が目に入った。
「此処が司馬家ですか」
「随分と大きな屋敷だ。司馬家とは凄い名門なのですね」
趙雲と陳到の二人が司馬家の門を見て、そう言うので曹昂はそれもそうだろうと思いながら、二人に教えた。
「司馬家と言えば漢の名門だからな。司馬家は楚漢戦争で秦を打ち破った項羽により殷王に封じられた司馬卬の子孫の家と言われているからな」
曹昂がそう言うと、二人は感心そうな声をあげた。
(代々尚書などの高官を輩出した名門と言われているが、汝南袁氏みたいに四世三公を出した訳ではないけどね)
取り敢えず司馬懿は今はどうしているのか知りたいと思い曹昂は屋敷の門を叩こうとしたが。
『ち、父上っ、それだけはご勘弁をっ』
『ならん! さもなければ、家から追い出すぞっ』
『父上、それは』
『黙れ! 家名に泥を塗ったこやつを庇うと言うのであれば、お主も同罪ぞ! 叔達』
門を叩こうとした所で、屋敷の中から大声が聞こえて来た。
曹昂達は思わず顔を見合わせた。
「何か起こっている様ですな」
「どうします?」
「・・・・・・取り敢えず、屋敷の中に入れてもらおうか」
曹昂はそう言って門を叩いた。
少しすると、門の向こう側から「どなたですか?」と訊ねる声が聞こえて来た。
「丞相の命により、司馬仲達殿に見舞いの品を届けに参った者です。どうか、中に入れて貰いたい」
曹昂が門の向こう側に居る者に言うと「暫しお待ちをっ」と言って慌てて走る足音が聞こえた。
そして、少し待っていると門が開けられた。
開けられた門からは男性が一人出て来た。
年齢は五十代で鷹の様に鋭い目を持ち、整った顔立ちをしていた。
怖いくらいに生やした顎髭と口髭。八尺はありそうな長身。
見ているだけで威圧感を与える雰囲気を出していた。
「お、お久しぶりです。建公殿」
曹昂は出迎えた人物に驚きつつも挨拶を交わした。
「・・・子脩殿もご壮健そうで何よりですな」
男は重低音な声を出し、一礼してきた。
曹昂の目の前にいる人物は司馬防。字を建公と言い、司馬朗と司馬懿の父親であった。
(最初会った時も怖いと思ったけど、改めて見てもこの人怖いな)
そう思いつつ、曹昂は疑問に思っている事を司馬防に訊ねた。
「建公殿は確か京兆尹の職に就いていた筈。何故、こちらに?」
この時期、司馬防は長安付近の県を管轄する京兆尹の職に就いていた。
京兆尹は官職名でもあり長安付近十二県を管轄する地域でもある。
ちなみに、他の州では郡に相当する。
その京兆尹は此処河内郡とはそれなりに離れていた。
なので、曹昂は此処に司馬防が居る事が不思議で仕方が無かった。
曹昂の視線から、何か察したのか司馬防は重い溜め息を吐いた。
「愚息が推挙の話を蹴ったと聞きまして、事情を訊かねばならぬと思い参ったのです」
「成程。ちなみに、その愚息とはどなたですか?」
「・・・・・・司馬懿と申します」
「ああ、やはり。私も父の命令で仲達殿とお会いしたかったのです。会えますか?」
「そうであれば、どうぞ屋敷へ」
司馬防が屋敷に入るように、手で促すので曹昂達は屋敷に入る事にした。