ついでに
許昌にある曹操の私邸。
屋敷にある一室で曹昂は母である丁薔に会っていた。
「という訳で、流石に宴のし過ぎだと思いますので、母上から一言申して貰えないでしょうか。私だと、父上は聞き入れてくれるかどうか分からないので」
「はぁ、旦那様にも困ったものね」
呆れる丁薔は溜め息をついていた。
「分かりました。私の方から旦那様に一言言っておきましょう」
「お願いいたします」
丁薔が承知したと言う返事を聞いて、曹昂は頭を下げた。
(これで、父上も大人しくなるだろう。・・・そうだ。ついでに、前々から気にしていた件も片付けるか)
丁薔と話していて、許昌に着く前に陳到と話していた事を思い出した曹昂は丁度良いとばかりに話をした。
「それと、もう一つ。母上にご相談が」
「何かしら?」
「父上の妾の雛菊についてなのですが」
曹昂がその名前をあげると、丁薔は目を細めた。
「……旦那様に何か言われたのかしら?」
「いえいえ、そうでは無く。あの方には母上も思う所があるでしょう。ですので、何時までも父上の妾でいる事も無いと思います」
「では、旦那様に言って追い出せと?」
「それはあまりに無情でしょう。ですので、此処は雛菊を誰かに与えるのが良いと思います」
「与えるね。誰に与えるつもりなの?」
「今、父上がご執心している方に与えるのが良いと思います」
「それはつまり、関羽殿という事ね」
「はい。雛菊も妾にしたものの、ここ最近父上の寵愛を受けておりません。このままにしてはあまりに可哀そうです。この機に関羽殿に与える様に父上に言うのは如何でしょうか?」
「それは名案ね。では、直ぐにでも」
丁薔が立ち上がり、部屋を出て行くので、曹昂もその後に付いて行った。
丁薔が馬車に乗ると、曹昂も馬車に乗り曹操が居る丞相府へと向かった。
少しして、二人は丞相府に辿り着き、曹操に面会したいと言うと、直ぐに通された。
通された部屋で暫し待っていると、曹操が部屋に入って来た。
部屋に入って来る曹操に曹昂達は一礼した。
「二人で一緒に丞相府来るとは珍しいな。何かあったか?」
「はい。最近、宴を毎日続けていると聞いたので、少々問題があると思いまして参りました」
「お前も宴をするなと言うのか?」
丁薔の言葉から宴は中止しろと言いに来たのだと分かった曹操は聞き飽きたとばかりに息を吐いた。
「旦那様。関羽殿が来たからと言って、今日も合わせて十日連続で宴をするなど前代未聞の事です」
「そんな事、お前には関係なかろう」
「いいえ、旦那様の行いで、古くから仕えている者達が不満に思っております。此処に来る前にも、夏候惇殿や夏侯淵殿に加えて、曹洪、曹仁達がわたくしの元に来て、旦那様の行いを止めて欲しいと頼まれました」
その話は聞いていないので、曹昂は内心で不満が溜まっていたんだなと思った。
「あやつらめ・・・」
「関羽殿を手に入れた事が嬉しいのは分かりますが、古くから仕えている者達の気持ちをお察し下さい」
「……分かった。今宵以降宴は何か慶事が無ければ開かん。これで良いな?」
「はい。それともう一つ」
丁薔が丞相府に訪ねて来たもう一つの目的を話し出した。
「なにっ⁉ 雛菊を関羽に与えろだと⁉」
「そうです。幸い関羽殿は妻帯していない様子。雛菊も旦那様の寵愛を長く受けていないのです。でしたら、関羽殿に雛菊を与えて妻にさせれば、関羽殿も旦那様に忠誠を誓うと思いますよ」
「いや、しかしだな……」
「それとも、相手もしない女子をずっと囲うと言うのですか?」
「う~む。しかしだな」
曹操が雛菊を相手する事が出来ないのは、他ならぬ丁薔の事を慮っていたからだ。
可愛がっていた甥っ子を殺す原因でもある存在を相手にする事が許せないので、曹操は仕方が無く相手をする事が出来なかった。
「相手もしない者を家に置くぐらいならば、誰かに与えて、その空いた部屋に旦那様のお気に入りの者を入れれば良いと思います」
「ぬうう……子脩っ」
曹操は唸りながら、丁薔の後ろに控えている曹昂を見た。
「お前、丁薔に余計な入れ知恵をしたなっ」
「さて、私は知りませんな。母上が家の不和を何とかしようと考えた案なのでは?」
余計な事をと言わんばかりに顔を顰める曹操。
曹昂は素知らぬ顔でそう述べた。
「…………今宵の宴の席で関羽に話してみる。それで断られたら、この話は無しだぞっ」
「結構です」
「それが良いかと」
曹昂と丁薔はそれで良いとばかりに頷いた。
そして、二人は部屋を後にした。
してやったりとばかりに顔を緩ませて歩く曹昂。
丁薔も家の問題も片付いたので良いと言わんばかりに顔を綻ばせていた。
その夜。
宴の席で、曹操は関羽に自分の妾の雛菊を与えるという話をした。
曹昂を除いた宴に参加した者達は寝耳に水の出来事であった。
関羽も暫く呆けていたが、直ぐに気を取り戻した。
そして、自分は妻帯していないので問題は無いと告げた。
曹操は内心、断ってくれても良かったのにと思いつつも、雛菊を関羽に与える事にした。
その日の宴は関羽の嫁取りも出来たという事で盛大に祝われた。
後日。雛菊は関羽の元に送られた。
その怪しげな雰囲気を漂わす女性に関羽はただでさえ赤い顔を更に赤くしていた。
吉日を選び、二人は婚姻を結んだ。
余談だが、二人の間には三男一女を儲ける程に仲が良い夫婦となった。
数日後。
曹昂は曹操に呼び出され、丞相府に赴いた。
既に話は通されていたのか、曹昂が門前に着くと、すんなりと通されそのまま案内された。
案内された部屋には既に曹操が席に座っていた。
席に座っている曹操の手には兜があった。
(見慣れない兜だな。誰のだ?)
そう思いつつも曹昂は曹操に一礼した。
「父上。お呼びとの事で参りました」
「うむ」
曹操はジッと手に持っている兜を見るのを止め、曹昂を見ながら話しだした。
「呼んだのでは他ではない。関羽の事だが」
「はい」
「先程、あやつが此処に来てな。私に仕える旨を申したが、お主が説得したのだから、お主の部下にするか?」
「ああ、それは」
曹操の問い掛けに曹昂は咳払いした。
「それはですね。私よりも、父上の部下になるのが相応しいと思いますので」
「そうか」
曹昂の返事を聞いて、曹操は顔を緩ませた。
(父上は嬉しそうで何よりだ。まぁ、正直に言って、父上の部下にする為に説得したのだからそうならないと困る。正直な話、私の部下になったら・・・・・絶対呂布と揉める)
許昌に着く前にあった出来事を思い出すだけで、冷や汗ものであった曹昂。
関羽が自制してくれたので良かったが、もし関羽が怒りでもしたら剣を抜く事態に陥っていただろうと予想できた。
(それに、関羽を配下にしたら、父上とも揉めそうなんだよな)
許昌に来ただけで十日連続で宴を開いた程なので、関羽を配下にしたいと言おうものならば妬まれそうな気がした。
これらを考えて、曹昂は関羽を曹操の部下にすればいいと言ったのだ。
「ははは、もう叶わぬと思った夢が叶うとはな・・・」
曹操は手に持っている兜を再び見だした。
「・・・・・・その兜は誰のですか?」
「これか? ああ、お前は知らないか。これは袁紹のだ」
「袁紹の⁉」
曹操の手の中にある兜が袁紹のだと知り、曹昂は目を丸くした。
「今頃は、冀州に着いているであろうな・・・」
曹操は兜を見ながらそう呟いた。
多分、関羽の子供達はこの話には出てこないと思います。
それでも、もし話次第で出て来る事があれば、長男は関平。次男は関興。三男は関索。長女は関銀屏となります。