少々度が過ぎるので
曹操からの文が数日おきに届きながらも、曹昂は陽安県に辿り着いた。
県に着くと、既に曹昂配下の武将達は賊の鎮圧を終えて出迎えてくれた。
その場で軽く劉辟が降伏したので部下にした事と関羽が劉備の下を離れる事となったので、許昌に連れて行く事を話した。
話を聞いて趙雲は耳を疑ったが、関羽がこの場に居るので事実なのだろうと思い深く訊ねる事はしなかった。
代わりとばかりに呂布が関羽の肩を叩いた。
「あの大耳の賊から離れる事が出来るとは僥倖であったな。あのまま劉備に仕えていれば、碌な目に遭わなかったであろうな」
呂布が笑いながらそう言うが、関羽は黙って何も言わなかった。
劉備との関係は既に解消されているとはいえ、一度は義兄弟の契りを結んだ仲であった。
その劉備を貶されたので、関羽としては怒りたかったのだが、怒った所で劉備との関係が回復する事も無いと分かっているので、何も言わず思いを胸に仕舞った。
話すべき事は終えたので、曹昂は城内に居る李通に挨拶に向かった。
李通の元に向かうと曹昂は南陽郡で起こった事を話して、劉備に対して警戒して欲しいと告げた。
李通も曹昂の言葉に納得して、その命令に従った。
「それと、貴殿から借りた部下達なのだが」
「陳到と趙儼の二人が何か粗相でもしましたか?」
李通が何か問題でも起こしたかという顔をしていると、曹昂は手を振る。
「いやいや、そうではない。貴殿の部下達は優秀なので、是非私の配下に欲しいと思いましてね」
「そうでしたか。曹子脩様がそうおっしゃるのであれば、私は構いません」
李通が二人を引き抜いても良いと言うのを聞いた曹昂は喜んでいた。
曹昂は陳到達を呼び、李通が配下になる事を認めたと告げると、二人は喜んで配下に加えて欲しいと告げた。
二日後。
新しく陳到と趙儼を配下に加えて曹昂は許昌へと進軍した。
道中で曹操の文が来る事に、げんなりとしつつも進む曹昂。
陽安県を出立して十数日後。
ようやく、許昌へ到達した。
先触れを出した為なのか、城門前には荀彧、荀攸、程昱、郭嘉とその他多数の文官達に加え夏候惇、夏侯淵、曹仁、典韋、許褚、徐晃、張遼とその他多数の武官達が列をなしていた。
楽隊も何時でも音楽を鳴らせる様に準備しており、列の奥には曹操が立っていた。
遠くなので、その顔はよく見えなかったが、曹昂は喜色満面だろうなと思っていた。
(これは、関羽も連れて行かないと駄目だな)
重臣達と共に待ち構えている父を見た曹昂は乗って来た馬から降りて、手綱を兵に預けた。
そして、関羽に一声を掛けた。
関羽は頷いた後、馬から降りた。
曹昂は関羽と共に曹操の下に向かった。
二人が歩いて来るのを見るなり、曹操は手を上げた。
「楽隊。音楽を鳴らせっ」
曹操がそう命じると、楽隊は一斉に楽器を鳴らし始めた。
様々な楽器の音楽が流れる中で、列を中央を歩く曹昂達。
列をなす者達は口々に「万歳! 万歳! 万歳!」と声を上げて称えていた。
そして、二人は列の奥に居る曹操の前まで来ると、その場に跪いた。
「父上。只今戻りました。それと、戦勝した事にお喜び申し上げます」
曹昂は頭を下げつつ、曹操に帰還した事と官渡の地で勝利した事を称えた。
「うむ。これも、お主と荀彧が後方を守ってくれたからこその勝利だ。子脩、よくやってくれた。褒めて遣わす」
「有り難きお言葉」
曹操の称賛に曹昂は頭を下げた。
「そして・・・・・・」
曹昂を一頻り褒めた曹操は、後ろに居る関羽を見た。
「関羽よ。戦場以外で再びお主に会えるとは思わなかったぞ」
「私も同じ思いにございます」
関羽は頭を下げたまま返事をするが、曹操は関羽の前まで来た。
「そう頭を下げたままでは話しづらいであろう。顔を上げたらどうだ?」
「いえ、丞相の恩義を無下にしたこの身。此処に居るのは曹子脩様の温情によるものとはいえ、恩義を蹴った私が顔を上げて話すなど・・・」
「奥ゆかしいのは良いが、私はその様な事は気にせん。何故なら」
曹操は膝をついて、関羽の手を握った。
「こうして、お主が私の元に帰って来てくれたのだ。それだけで望外の喜びと言える事ぞ」
「私の様な者に、その様な温かいお言葉を掛けて頂き、この関羽、感謝に堪えません」
曹操の温かい言葉に関羽は思わず目から涙が零れていた。
「今日は良き日だ。宴を開くぞ! 皆の者、大いに飲み此度の慶事を喜ぼうぞ!」
「「「おおおおおおっっっ」」」
曹操が宴を開くと聞いて、文武百官達は歓声を上げた。
その日の夜は盛大な宴が開かれた。
曹操の近くの席には関羽が座っており、曹操は関羽と話しながら終始笑っていた。
宴に参加した曹昂は喜んでいる父親の顔を見て色々と疲れたが、連れて来た甲斐はあったなと思いつつ酒を飲んでいた。
十日後。
「今宵も宴をすると?」
「はっ、丞相はそう申しておりました」
許昌にある曹昂邸。
その屋敷の一室で曹昂は曹操が送って来た使者と話していた。
「今日で十日連続ではないか、流石に問題だろう」
曹昂は溜め息を吐きながら首を振る。
「元譲殿や荀彧先生は何か言ってないのか?」
「御二人も流石に宴をし過ぎだと申している様ですが、丞相は『官渡で勝利した事と、関羽を迎える事が出来たのだ。三十日連続で宴をしても罰は当たるまい』と申して聞き入れていない様です」
「……はぁ、呆れたな」
曹昂は溜め息を吐いた後、席を立った。
「あの、宴は参加致しますか?」
「……ああ、すると父上に伝えてくれ」
「承知しました」
使者はそう言って一礼し部屋を後にした。
「流石に度が過ぎているので、これは一言言った方が良いな」
そう言いつつ曹昂は屋敷を後にして、曹操が居る丞相府に向かった。
(とは言え、私が言っても聞き入れて貰えるかどうか分からないから、此処は一つ母上の手を借りよう)
妻の丁薔の言葉であれば流石に聞き流す事は出来ないだろうと思いながら、曹昂は馬を進ませた。