では、条件付けで
関羽が訪ねて来たという報告を訊いた曹昂は直ぐに関羽に会うので通すように命じた。
城内にある大広間に関羽が通された。
関羽が上座から少し離れた所で膝を曲げて座るので、関羽を挟むように左右に劉辟、陳到の二人が立ち、何が起こっても大丈夫な様に警備の兵も多く立っていた。
関羽は劉備の家臣だと広く知られている所為か、劉辟達は関羽が何をしにこの城に来たのか分からないでいるので注視していた。
関羽の方も曹昂と早く話したいのか、身体を揺すっていた。
それが、余計に不審に見えるので劉辟達の警戒心が高まって行った。
戦場ではないのだが、大広間にはヒリヒリとした空気が漂っている中、曹昂は趙儼と劉巴を伴い大広間にやって来た。
劉巴達を左右に立たせて、曹昂は上座に座った。
「これは雲長殿。お久しぶりですな」
「はっ。子脩様もご壮健そうで何よりです。此度は急に来た無礼をお許しを」
「何の。特に問題はありませんので、お気になさらずに」
曹昂が挨拶をすると、関羽も挨拶を返した。
その後、曹昂が他愛の無い話を掛けて関羽と話をした。
関羽が本題の話を切り出そうとしてくるのも、曹昂は敢えて話を振る事で此処に来た目的の話をさせないようにしていた。
(焦れてるな。まぁ、学はあっても根は武人だからな。回りくどい事されるよりも簡潔に話をする方が良いよな・・・)
関羽は中々話を切り出せないので、ソワソワしていた。
もう少し焦らそうかなと思ったが、あまり長引かせても良い事は無いなと思い曹昂は話を振った。
「それで、今日はどの様な用で?」
そう話を振られた事で、関羽はようやく話をする事が出来て内心ほっとしていた。
「はっ。本日お伺いしたのは・・・」
関羽はこの城を訪ねる事となった理由を語りだした。
「何と・・・まさか秦琪が本当に劉備に矢を当てたとは・・・」
関羽の話を聞いた曹昂は手で顔を隠しながら驚きを隠せない様に振舞った。
(まぁ、だから殺したのだけどね)
曹昂は手を退けて、劉巴を見た。
「これは思わぬ事をしてしまったな。劉巴」
「はい。もう少し詳しく調べてから処刑しても良かったですな・・・」
少々早まった事をしたなと悔やむ劉巴。
「処刑?」
劉巴が呟いたのを聞いて、関羽は目を飛び出しそうな程に驚いていた。
「うむ。秦琪が劉備に矢を射かけたと言っても、その証拠といえるものが無かったので、てっきり勝手に持ち場を離れたと思い、職務怠慢の罪で部下と供に処刑したのだ。数日前に」
「何と……」
曹昂が関羽にそう教えると、関羽は困ったという顔をしていた。
(予想通りの反応だな。さて、どうでるかな?)
曹昂はそう思いながら、関羽に訊ねた。
「秦琪に何か御用で?」
「・・・はっ。秦琪を連れて行けば、兄者に矢を射かける為に私が手引きしたのではないと弁明できると思ったのですが」
「ああ、誤解を解く為に連れてこうとしたのか。う~ん、もう死んでいるからな。弁明も出来ないからな……」
曹昂は死んでいるので弁明できないと言うと、関羽も死人では何も言えないので誤解を解くのは不可能だと分かり、非常に困ったという顔をしていた。
「・・・・・・こうなっては仕方がないので、首だけでも貸して頂きたい。秦琪の首を持って、私が兄者達を説得致す」
関羽が秦琪の首を貸して欲しいというと、場がざわついた。
特に調べもしないで処刑したが、一応は勝手に持ち場を離れた罪で刑死されたという事を知らしめる為に晒し首にしていた。
「恐れながら、殿。秦琪は処罰により刑死しました。その罪を、将兵達に知らしめるために晒し首にしました。その首を渡しては、何の為に晒し首にしたのか分かりません。更に言えば、秦琪の首を我が軍の者ではない関羽に渡す理由がありません」
趙儼が秦琪の首を渡す理由が無いと述べ出した。
関羽も趙儼の言葉に反論する事が出来ず黙り込んだ。
「趙儼殿の申す通りです。関羽殿は劉備の義兄弟にして家臣。その様な者に秦琪の首を渡す意味がありません」
劉巴も渡さなくても良いというので、曹昂が口を挟んだ。
「しかし、雲長殿は客将でありながら、我が軍で多くの功績を立てた者だ。その功績の一つとして秦琪の首を渡しても良いと思うが」
曹昂が秦琪の首を渡しても良いのではと言うと、関羽は顔をパァっと輝かせた。
「殿。関羽は確かに、我が軍に所属して功績を立てましたが、既に丞相が功績に見合う恩賞を渡したと聞いておりますので、渡す必要がないと思います。何の対価も無しに」
趙儼は関羽に何の対価も無しに首を渡すのは駄目だと言うが、曹昂はふっと笑った。
「では、対価を貰えば良いのだな?」
「は、はぁ。そうですな。そうであれば、問題ないと思います」
曹昂がそう訊ねると趙儼は対価を貰えるのであれば良いのではと言うと、曹昂は関羽を見た。
「雲長殿。いや、関羽殿。貴方に秦琪の首を渡しても良いが、条件があります」
「条件ですか。それは、どの様な物でしょうか?」
関羽がどんな条件なのか分からず、息を飲みながら訊ねた。
「そう難しい事ではない。もし、説得に失敗したら、此処に戻って来て、秦琪の首を返して欲しい」
「・・・・・・それだけですか?」
「うむ」
曹昂が出した条件に関羽は些か拍子抜けした表情を浮かべていた。
「もし、兄者の元に戻る事が出来た場合はどうするのです?」
「その時は秦琪の首を返さないで結構」
「・・・・・・承知しました。では、その条件に従います」
関羽は曹昂が出した条件に従うと言って頭を下げた。
それを聞いた曹昂は口元に笑みを浮かべた。
数刻後。
関羽は布に包まれた秦琪の首を持って、馬を駆けさせて劉備が居る穣県へと向かった。
その背を城壁から見送る曹昂。
曹昂の側には趙儼が訊ねて来た。
「殿。どうして、関羽に秦琪の首を渡したのです? 別段、渡さなくても良いと思うのですが」
「ふふふ、凡将の首一つで虎臣を手に入れる事が出来るかも知れないのだ。安い物だ」
「虎臣ですか?」
趙儼は曹昂が言う言葉の意味が分からず、首を傾げていた。
「直ぐに分かる。直ぐに」
曹昂と趙儼が話していると、劉巴がやって来た。
「殿。ご指示通り、関羽の後を追い駆ける騎兵の準備が整いました」
「ああ、ご苦労。指示通り、関羽の行動の監視だけと伝えたのか?」
「はい。何があろうと、手を出す事はしないで、監視だけに留めよと強く命じました。敵が襲い掛かってきた場合は逃げろとも」
「それで良い。では、直ぐに後を追い駆けさせろ」
「はっ」
劉巴は一礼した後、離れて行った。